森友報道で局長賞をとった後に記者を外され、NHKを辞め、内幕本を出した思い
2019年01月17日
「記者は取材できないのが最大の苦痛」
韓国映画「共犯者たち」に出てくる言葉だ。
保守政権がテレビ局の人事に介入し、報道を思い通りに操った実態を描くドキュメント。韓国の公共放送=KBSの調査報道チームは、政権に不都合な事実を報じていたが、解体され、記者たちは取材職を外されて非制作部門へ異動させられる。
チームを率いていた人物が語る。「記者が現場を離れたら取材できない。最大の苦痛です」
調査報道チームが解体されて、韓国KBSでは何が起きたか?
権力批判の番組が廃止され、大統領広報番組が生まれたと映画は描く。その名も「こんにちは 大統領です!」。大統領本人がカメラに向かって「こんにちは、大統領です」とあいさつし、いかに様々な人の言葉に注意を払っているかを語り、最後に「今後も国民の皆様の声に耳を傾け、さらに頑張ることを約束いたします」と締める。
提灯記事という言葉があるが、これはまさしく提灯番組だ。
民主主義を支える報道。その根幹を揺るがすこれほどのことが、お隣の国で起きていたのか。映画を見た方の多くはそう感じることだろう。
だが、ちょっと待ってほしい。我々はこれを「対岸で起きたこと」と呑気に構えていられるだろうか?
政権の御用番組は日本にはないか? ヨイショ報道はないだろうか?
桜島を背景にした安倍首相の自民党総裁選出馬表明を生中継し、スタジオで記者解説したNHK。去年9月の北海道地震では「16人死亡 安倍首相」と、犠牲者数を伝えるのにわざわざ首相名をスーパーに入れる。停電状況や被災地の天気予報まで首相のことばとして伝える。
そして新年、NHKの日曜討論で安倍首相が沖縄・辺野古への土砂投入をめぐり「あそこのサンゴは移している」と事実と異なる発言をしても、司会者は何も問いただすことなく、収録番組なのにそのまま放送に出した。
この一連の流れは、韓国で起きていたことと違いがあるだろうか?
そしてもう1点、映画と日本の共通項がある。ほかならぬ私自身に起きたことだ。政権に不都合な事実を報道したあげく、記者を外され、非制作部門に異動となった。
韓国の記者とおんなじだ。
私はNHK大阪報道部の記者として森友事件の取材にあたっていた。
近畿財務局が森友学園に国有地を売却するにあたり、事前に学園側に出せる金額の上限額を聞き出していたという事実をつかんだ。学園の都合に合わせた安値で土地を売り、国に損害を与えた背任行為を強く伺わせる事実で、おととし(2017年・平成29年)の7月、特ダネとして午後7時のニュース7で報道した。
すると、それから数時間して、NHKの小池報道局長が激怒して私の上司である大阪の報道部長に電話してきた。この時、上司は小池局長から「あなたの将来はないと思え」と言われたそうだが、私はすぐに「それは自分のことだ」と直感した。
続いて翌年、財務省が土地の値引きの根拠としたごみの処理をめぐり、森友学園側に「トラック何千台もごみを運び出したことにしてほしい」と口裏合わせを求めていた事実をつかんだ。しかし当時の社会部幹部の説明によれば、これも小池報道局長から横やりが入ったあげく、特ダネなのにニュース7の一番最後の項目扱い。森友事件に関する同じ日のクローズアップ現代+では放送されなかった。
それでもこの特ダネに対し報道局長賞が出されたが、その直後に私は記者を外され、非制作部門である考査部(番組の講評などを行う部署)に異動となった。去年6月のことだ。
私の異動は「官邸忖度人事」などと一部で報じられて国会でも質問が出たが、NHKは「能力や経験、配置のバランスなどを総合的に判断して行っている」と答弁している。報道局長賞を出した記者を直後に記者から外して報道と無関係の部署に置くのが「能力や経験、配置のバランスを総合的に判断」した結果なのだろうか?
しかも異動を告げられた当時は、背任事件についての大阪地検特捜部の捜査が継続中で、私は担当記者として連日取材にあたっていたのに…。
映画のセリフ通り、私は取材ができなくなることに最大の苦痛を感じていた。だから、31年間勤めたNHKを辞めた。
こうした森友事件をめぐるNHK報道の内幕、さらに取材の実態について、私は本を書いた。題して「安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由(わけ)」。
この書名に違和感を持つ方もいらっしゃると思うが、NHKには様々な職員がいて、その中には官邸の意を受けたかのような報道局幹部のやり方にあらがいながら日々業務にあたる者もいるのである。そういう意味での「安倍官邸vs.NHK」だとご理解頂きたい。
去年12月13日の発売日、東京・渋谷のNHK放送センター1階にある書店には、この本が平積みになっていたが、すぐに完売したそうである。職員の間でも関心が高いのではないかと思う。
本の内容については「よく出してくれた」と好意的な意見が寄せられる一方で、「これでは不十分だ。もっと踏み込んで新事実を出してほしい」という厳しいご意見も聞こえてくる。今のNHK報道のありように危機感を持っているからこそであろう。
一方、報道局幹部はどうか?
NHK報道局では毎朝、編集会議を開いているが、発売日の会議では小池報道局長が「森友事件をめぐるNHKの報道について、週刊誌の報道があったり、本が出版されたりしているが、私の意向で報道内容が恣意的に歪められたことはないということを申し上げておく」と発言したそうだ。
だが、この言葉を真に受ける報道局の職員は多くはなかろう。なにしろ彼らはこれまで日々「Kアラート」と揶揄される小池局長からの事細かな報道内容への注文に直面してきたのだから。
この会議で注目すべきは、局長の後の発言だ。報道局長に次ぐ立場の編集主幹の1人が「本に関しては虚偽の記述が随所に見られる」と発言しているのだ。
その6日後、12月19日のNHKの定例会見で、編成局計画管理部長が本について「主要な部分において虚偽の記述が随所に見られる」というコメントを読み上げているが、このコメントは編集会議での編集主幹の発言と共通している。
NHKは、何が虚偽か具体的には明かしていない。だが私には1つの推測がある。編集会議で「虚偽が見られる」と発言した編集主幹は、前の社会部長なのだ。
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