10万人超の署名を集めた責任。「もう体を張って、アピールするしかありません」
2019年01月17日
沖縄県が条例で定めた県民投票を行わないと表明する市が出てきたことを受けて、県民投票の実施を直接請求した市民団体の代表が2019年1月15日午前8時、住民票を置く宜野湾市の市役所前でハンガーストライキに入った。直接請求は住民の発意で地方公共団体に一定の行動を取らせる参政権の一つだが、請求した団体の代表でさえ投票できない事態になっている。
「Hunger Strike for the Henoko Referendum 県民投票への参加を求めるハンガーストライキ」というメッセージを掲げてストライキを始めたのは「『辺野古』県民投票の会」代表の元山仁士郎さん(27)。WEBRONZAはストライキに先立つ1月8日、元山さんのインタビュー記事『「辺野古」県民投票の会代表の元山さんに聞く』を公開したばかりである。
ハンストの様子は、沖縄のメディアのほか、全国紙やテレビ局の一部が報じ、インターネットのニュースサイトに流れた。1月16日にはお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔さんが駆け付けてインタビューを実施。SNSでも情報は拡散している。
私も1月16日午前に元山さんからメールをもらい、電話をした。水を飲むだけで食事はしていないという。
「10万人を超える人に署名をしてもらい、県が条例を制定しての県民投票です。辺野古を巡る議論を深めていこうというときに、投開票を実施しない自治体がでてきました。この間、市町村が投開票をやるか、やらないか、という議論に終始してきたことについては不本意です」
健康状態をみながらだが、5市が投票実施を表明するまで続ける覚悟だという。
私は1月4日、2時間にわたって元山さんにインタビューをしたが、この日伝わってきた電話の声のトーンには無念さが色濃く感じられた。
「私たちは、議長や議員に会ったり、呼びかけたりして、県民投票への参加をお願いするなど様々な手を尽くしてきました。県知事側が市長にお願いしても、不参加の態度が変わりませんでした。もう体を張って、アピールするしかないのです」
署名をしてくれた人は、県内全市町村でそれぞれの市町村に直接請求できる有権者の50分の1を超えた。計10万950人。県が審査した結果、9万2848人の署名を有効と認めた。16日現在、県民投票への不参加を表明している5市の市民の署名も含まれている(5市で集めた署名数は、宜野湾市で5264人、沖縄市で7702人、うるま市で7135人、宮古島市で4646人、石垣市で2428人)。
5市の市長は、補正予算案を否決した議会を尊重した判断だという趣旨の見解を示しているが、政府・自民党への忖度があるのではないかという見方が専門家らの間で広がっている。
一方、自民党沖縄県連では1月16日、県民投票への不参加を市議らに指南したと報じられている国会議員が記者会見し、反対するように説いて回ったことはないなどと否定したという。
「多くの県民が投票したいというのに、首長が市として参加しないという判断はとても残念です」と元山さんはいう。
市民団体では、新たに1月21日を期限とし、5市の有権者が県民投票に参加できるように5市に求める署名を県民全体から集め始めている。
このような状況について、沖縄の地域研究や国内外の住民投票を研究してきた政治学者の江上能義さん(72)は「県民投票の実施の拒否は、民主主義の根幹にかかわる問題です」と述べ、危機感をあらわにしている(江上さんのインタビュー記事『沖縄県民投票「これはもう民主主義を巡る闘いだ」』参照)。
「これだけ多くの有権者が投票権を行使できないことで、署名してくれた10万人に申し訳ないと感じているのでしょう。不条理にぶち当たって、色々な努力をしてきたが、首長が翻意しない。彼(元山さん)も最後の誠意としてハンストをするしかなかったのだと思います」
江上さんが、沖縄を追い込む政府の手法について厳しい言い方をするのには、いくつかの理由がある。
一つは、住民が意思表示をする手段を封じる罪の大きさだ。研究してきたスペインのカタルーニャ独立問題では、州政府幹部が中央政府に拘束され、なかなか裁判も開かれなかったため、獄中でハンストを始めたが、江上さんには今回のハンストが重なって見えるという。
「カタルーニャでも、ハンストを始めた理由は、審理をしてくれというものでした。それを思い出しました。アピールする術も、表現の自由もない。元山さんも好き好んでハンストをしているわけではないでしょう。10万人の署名を集めた責任を取らざるを得ないような状況に追い込んでしまった。5市の議員や市長たちは、考えないといけません」
もう一つは「カネ」で言うことを聞かせようという政府の姿勢だ。政府は2019年度の沖縄振興費として3010億円の予算案を組んだが、県を通さずに直接市町村を支援する新制度を設け、30億円を計上した。一方、政府から県への一括交付金は1093億円で、前年度から94億円を減らした。
「自民党国会議員の指南や政府が直接市町村に交付する沖縄振興費のことを気にして(5市の首長や議員は)こうなったのでしょう」
この問題の出口はあるのか、聞いてみた。
「これをどう考えるか、沖縄県全体で考えるべき問題です。決して元山さんが無謀なことをやっているわけではありません。県民一人一人が考えないといけないことです。みんなで議論すべきことなのです。これまでの沖縄県民が示してきた民意を考えれば、この行動を『バカなことをしている』とは決して言えないですよね」
県民の中には、あきらめがあったり、政府と交渉して取れるものは取っておいた方が得という考えもあったりする。江上さんがここまで厳しく指摘するのは、今回は、間接民主主義を補完する制度として認められた直接民主制を揺るがす事態になっているからだ。
「選挙で示された沖縄県民の民意が、国政に反映されない社会だから、県民投票が必要になります。選挙で示した民意が否定されているのです。だから、新たにお金を掛けて県民投票をして意思表示をしないといけない状況に沖縄県は置かれているのです」
「ただ、これを政局にする人たちがいます。政権が地域を分断する手法をとっていると見ていいと思います。参加しない5市の首長は、政権与党に近く、口封じをされているようなものです」
「県民投票に市として参加しないということは、賛成も、反対も、両方の意見を封じてしまうことで、あってはならないことです」
このような事態に、前泊さんは改めて、「沖縄の選挙民主主義は否定されています。この国が民主主義国家なのでしょうか」という本質的な問いかけをしている。この言葉は、5市の首長や議員、そして政府・自民党だけではなく、国民全体に投げかけたものだろう。
「背景に何があるかが大事です。弁護士でもある自民党国会議員が指南しているようですが、本来の法、制度の趣旨を逸脱するかたちで、意見を封じ込めてしまうのは、民主主義のルールに反します。これは政府・自民党の体質を示すものです」
前泊さんは、県民投票を巡る混乱を露見させることで「全国の人たちが、沖縄が二つに分裂している、というイメージ操作をしているのではないか」とも見ている。
「このような地域の中の対立を引き起こし、この後、誰が責任を取るのでしょうか。地方分権ではなく、地方主権となったはずなのに、いつのまにか中央集権に戻ってしまっています」
前泊さんは、沖縄だけの問題としてではなく、「健全な民主主義を国民が考えていかないといけません」と強調する。そして、メディアについても注文を付ける。
「合戦シーンがない大河ドラマは視聴率が取れないと言われていますが、メディアもこのことを報道する際、対立をあおり立てるのではなく、解決の道筋を示すような報道をしてほしい。それが、既存メディアが生き残る道でもあると思うからです」
私はこの1カ月、元山さん、江上さん、前泊さんの3人のインタビューをしてきた。
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