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ボスニア・ヘルツェゴビナへ――戦争の記憶

1月2日(水) 時差ボケで午前4時に目が覚める。そのまま目が冴えたので、スラヴォイ・ジジェクの『絶望する勇気(The Courage of Hopelessness)――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』を読み始める。

 朝食後、ドゥブロヴニクの町並みを見渡せる山の頂上へ。あいにく小雨が降っていて風も強い。山の頂から眺望したこの町の美しさは、歴史という文字を感じさせる人間の営みの果実なのだった。ドライバーの名前は今日の男性もマリオだ。47歳のマリオは内戦の時、クロアチア軍の兵士だった。ユーゴスラビア軍(セルビア主体)や、ボスニア・ヘルツェゴビナ軍と戦った。山頂付近にはその戦争の痕跡がまだ残っている。

 その後も城壁に付属する旧修道院など市内を散策。風と雨が強くなってきた。よく観察すると、この町には猫が多い。野良にも誰かが居場所を与えている気配がする。市庁舎博物館には、ドゥブロヴニクの強いプライドを誇示する「城壁の歴史」ビデオが繰り返し放送されていた。

 宿舎に戻ってCNNをみていたら、ポール・サイモンのインタビューとインドのヒンドゥー寺院に入った3人の女性が逮捕されたことに抗議するインド人女性たちの抗議のデモ(拳を突き出す姿)が映し出されていた。

1月3日(木) 今日も午前4時に目が覚めてしまった。午前9時にホテルを出て、ボスニア・ヘルツェゴビナへと向かう。さいわい天気に恵まれたが風が強く寒い。山岳地帯の道路を通って2時間半で古い都市モスタルに到着。途中、セルビアの飛び地リュビーナを通る。セルビア国旗が掲げられていて、ここの住民たちの多くはセルビア正教を信じているという。

 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ国境のチェックも大したことはなかった。パスポートにやたらスタンプを押されたが。モスタルは字義通りの古い石橋(スターリ・モスト)がシンボルになっている歴史ある町だ。橋をはさんで一方がカトリック、一方がモスレムが多い。長いあいだ共存共栄の関係が続いたが、1991年のユーゴスラビア崩壊に至る内戦で、橋が破壊され戦火が続いた。2003年に世界銀行やクロアチア、オランダ、トルコなどの支援で橋が再建修復された。今は多くの観光客が訪れている。オフシーズンで観光客はアジア人が多い。ハイシーズンはヨーロッパ中から人々がやってくるが、今は遠くからやってくるアジア人で閑散期をしのぐ観光産業の構造になっているようだ。中国人は団体が多い。かつての日本人とおんなじ。韓国からは若い人が多い。

 戦争の記憶は各所に残っていた。 ・・・ログインして読む
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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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