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「シリア撤退」宣言で近づくロシアの「勝利」

トランプ大統領の宣言の意図とシリア内戦の行方を探る

六辻彰二 国際政治学者

拡大米軍撤退のニュースが流れた2018年12月20日、シリアの首都ダマスカスの旧市街にある市場は買い物客でにぎわっていた。市民はニュースを喜ぶ一方、「クルド人とは戦いたくない」との声も聞かれた

 2011年に始まったシリア内戦は、大きな転機を迎えつつある。トランプ大統領がシリアからの撤退を宣言したことは、アメリカがシリア内戦でロシアの「勝利」を認めるものに他ならないからだ。

なぜ撤退を宣言したのか

 2018年12月19日、トランプ大統領は突如、アメリカ軍をシリアから撤退させると宣言した。過激派組織「イスラム国」(IS)を「撃破した」ことが、その理由とされた。

 しかし、この発表の直後、マティス国防長官とIS担当特使マクガーク大使が相次いで辞任を表明。「シリア撤退」宣言が、そのきっかけになったとみられる。

 それ以前から、シリア問題はトランプ政権内部の火種になっていた。トランプ氏は2016年の大統領選挙期間中から「割に合わない」という理由でシリア撤退を主張してきたが、就任後にそれを押しとどめてきたのが、軍出身のマティス氏だった。

 軍やCIAはシリア撤退に反対している。そこにはIS掃討だけでなく、ロシアとの関係がある。アメリカはシリア内戦をもともと敵対していたアサド政権を引きずり下ろす好機と捉え、「内戦終結のためにはアサド退陣が不可欠」と主張し、やはりアサド政権と対立してきたクルド人勢力「人民防衛隊」(YPG)を支援してシリア北部に2000人規模の部隊を駐留させてきた。

 これを撤退させるとなれば、マティス氏ら軍からの反発は目に見えていた。実際、マティス長官らの辞任発表を受け、トランプ氏はシリアからの撤退を「急がない」とトーンダウンさせざるを得なくなった。それにもかかわらず、なぜトランプ氏は撤退を決定したのだろうか。

トルコへの譲歩

 その最大の要因としてあげられるのが、トルコへの譲歩だ。

 トルコは北大西洋条約機構(NATO)の加盟国だが、アメリカとの関係は悪化し続けている。2001年に権力を握ったエルドアン大統領のもと、トルコではイスラム化が進み、言論や政治活動の規制が強化され、アメリカから人権侵害の批判を招いた。そのうえ、2017年7月のクーデター未遂事件の首謀者とエルドアン政権がみなす宗教指導者ギュレン氏がアメリカに亡命しており、身柄の引き渡しをアメリカ政府が拒んだことや、その後トルコ当局が国内在住のアメリカ人牧師をスパイ容疑で軟禁したことで、両国の対立はピークに達した。

 このような冷たい同盟関係は、シリア内戦でさらに冷却化した。その核心は、アメリカが支援するYPGが、トルコにとって安全保障上の脅威と映ることにある。

 YPGを構成するクルド人は「国家を持たない最大の少数民族」と呼ばれ、その居住地域はシリアだけでなく、イラン、イラク、トルコなどにまたがる。どの国でもクルド人は分離独立を求め、弾圧されてきた歴史をもつが、トルコでも冷戦時代からクルド労働者党(PKK)が当局と衝突を繰り返してきた。トルコ政府はPKKを「テロリスト」と呼び、シリアのYPGがこれと結びついているとみている。

 そのため、シリア内戦のなかでトルコはアメリカに対してYPG支援の中止を再三要求してきた。シリアでISが勢力を衰退させてからは、トルコにとってはむしろYPGが主な脅威になったとさえいえる。

 この構図をみれば、トランプ氏の「シリア撤退」宣言は、トルコへの譲歩だったといえる。

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筆者

六辻彰二

六辻彰二(むつじ・しょうじ) 国際政治学者

1972年生まれ。博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。アフリカを中心に世界情勢を幅広く研究。著書に『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、共著に『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)など。その他、論文多数。Yahoo! ニュース「個人」オーサー、NEWSWEEK日本版コラムニスト。

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