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火だるま行革に突き進んだ橋本政権の成果と挫折

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(8)

星浩 政治ジャーナリスト

外相として存在感を見せた小渕恵三氏

 この内閣改造では、小渕派の会長で橋本氏と同期の小渕恵三氏が外相に起用された。小渕氏は、外務省の事務当局が米国への配慮から難色を示していた対人地雷禁止条約の署名を決断。「日本は米国に気兼ねせず、独自の判断をすればよい」と平然と語るなど、存在感を見せていた。

 橋本首相が政権の勢いを取り戻すために取り組んだのが、「省庁再編」という行政改革だった。首相官邸の権限を強化するとともに、1府21省庁を1府12省庁に再編するのが柱だ。

 具体的には①首相官邸直属の内閣府を新設②建設省、運輸省、国土庁を国土交通省に統合③厚生省、労働省を厚生労働省に統合④自治省、郵政省を総務省に統合④大蔵省を財務省に改名、といった内容だ。各省庁や自民党の族議員には抵抗もあったが、橋本首相が押し切った。

 関連法案は1998年2月に国会に提出され、6月に成立した。自民党の行財政調査会長を長く務め、「行革のプロ」を自任していた橋本首相の本領が発揮された。

時代の要請とのズレが広がる橋本政権

「私らが悪いんです。社員は悪くございません」。記者会見の席上、立ち上がり涙声で訴えた山一証券の野沢正平社長=1997年11月24日、東京証券取引所 拡大「私らが悪いんです。社員は悪くございません」。記者会見の席上、立ち上がり涙声で訴えた山一証券の野沢正平社長=1997年11月24日、東京証券取引所
 だが、当時の日本経済は、バブルの崩壊と消費増税で悲鳴を上げていた。97年11月には三洋証券と北海道拓殖銀行が相次いで破綻(はたん)。さらに山一証券が自主廃業に追い込まれるという事態に陥った。山一証券の野澤正平社長が「社員は悪くありませんから」と叫ぶ姿がテレビで流れ、日本中に衝撃を与えた。それでも橋本首相は「火だるま行革」を唱え、経済の建て直しよりも省庁再編に政権のエネルギーを注いだ。

 梶山氏は、政権に復帰した自民党が大胆な改革を打ち出して実践すべきだと思っていたのに、橋本政権ではかなわなかったと、自責の念を込めてこう振り返っている。

 「政権に復帰した自民党には、万年与党時代の最も悪い部分の癖が出た。ハードランディングを嫌い、その場その場の対症療法でお茶を濁そうという悪癖である」( 梶山2000 P16)

 大胆な経済改革に踏み出さず行革に邁進(まいしん)する橋本政権と、経済再建や景気回復を求める時代の要請とのズレがじわじわと広がっていた。それが98年夏の参院選の民意で示されることになる。

)梶山静六『破壊と創造 日本再興への提言』(2000、講談社)

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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