法治主義、民主主義の国の自治体の首長の義務とは。
2019年01月22日
米軍普天間飛行場の辺野古への移転について問う住民投票を2月24日に控え、沖縄県内の沖縄市、宜野湾市、宮古市の各市が県民投票事務を行わないことを表明し、うるま市、石垣市が態度を保留しています。この事態をめぐってはすでにいくつかの解説が出ていますが、地方自治の現場に携わったものとして、また一法律家として、これらの市長は沖縄県県民投票事務の執行を拒否できるのか、あらためて解説させていただきたいと思います。
まず問題を整理します。「県民投票」は、あくまで広域自治体である県の事務であり、市町村の事務ではありません。ただ、その実施には、市町村単位で管理している選挙人名簿が必要ですし、投票場所は市町村の管理する小学校等を使うことになります。また投票をつつがなく実施するには市町村職員の手を借りざるを得ません。
そのため、沖縄県の県民投票条例では、
第3条 県民投票に関する事務は、知事が執行する
と規定したうえで、
第13条 第3条に規定する知事の事務のうち、投票資格者名簿の調整、開票及び投票の事務の実施その他の規則で定めるものは、地方自治法第252条の17の2の規定により、市町村が処理することとする。
としています。
地方自治法を見ると、
第252条の17の2
1 都道府県は、都道府県知事の権限に属する事務の一部を、条例の定めるところにより、市町村が処理することとすることができる。この場合においては、当該市町村が処理することとされた事務は、当該市町村の長が管理し及び執行するものとする。
2 前項の条例(同項の規定により都道府県の規則に基づく事務を市町村が処理することとする場合で、同項の条例の定めるところにより、規則に委任して当該事務の範囲を定めるときは、当該規則を含む。以下本節において同じ。)を制定し又は改廃する場合においては、都道府県知事は、あらかじめ、その権限に属する事務の一部を処理し又は処理することとなる市町村の長に協議しなければならない。
となっており、条例によって、県の事務を市町村に委託することの根拠が定められています。これによって、沖縄県県民投票の投票事務は、法律上何の問題もなく、市町村に「委託」されていることことになります。
ただし、執行段階では、市町村の県民投票事務経費は、いったん市町村の支出として予算計上されたうえで、これを県からの交付金収入で賄う形になります。そのため、県民投票事務経費を「支出」に、県からの交付金を「収入」に計上した予算案を否決されると、そのままでは(後で述べますが別の方法はあります)県民投票事務についての予算を執行できなくなってしまいます。
このため、市議会で県民投票事務の予算が否決された沖縄市、宜野湾市など上記の5市では、これを理由にそれぞれの市長が、委託された県民投票事務を執行しないことを表明しているのです。
ところが、このように本来法律上おこなわなければならない経費の予算が通らないと、地方自治体の行政執行に困難が生じます。そこで、地方自治法には以下の規定があります。
第177条
1 普通地方公共団体の議会において次に掲げる経費を削除し又は減額する議決をしたときは、その経費及びこれに伴う収入について、当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付さなければならない。
① 法令により負担する経費、法律の規定に基づき当該行政庁の職権により命ずる経費その他の普通地方公共団体の義務に属する経費
② 非常の災害による応急若しくは復旧の施設のために必要な経費又は感染症予防のために必要な経費
2 前項第一号の場合において、議会の議決がなお同号に掲げる経費を削除し又は減額したときは、当該普通地方公共団体の長は、その経費及びこれに伴う収入を予算に計上してその経費を支出することができる。
解説すると、1項①号で、法令により負担しなければならない経費が否決された場合は、まずは再議に付さなければならない旨を規定し、それでも否決された場合は、首長自らの判断でこれを予算計上して支出できることを2項で定めているのです。
しかし、そもそも論ですが、法的に○○をしなければならないということと、○○をする予算のあるなしは、あくまで別物です。法的に実行義務あっても、予算がなければ実行できないという場合はあっても、それによって法的実行義務が消滅するわけではありません。
地方自治法177条2項は、法令により負担しなければならない経費はあくまで負担しなければならないからこそ、議会が否決した時には、その負担については首長の判断だけで(議会の承認なしで)支出できると規定しているというのが普通の解釈であり、第177条2項を根拠に、市町村長が条例で定められた県からの委任事務を拒否できるとするのは、牽強付会(けんきょうふかい)的な立論であるといわざるを得ません。
まとめると、沖縄県の市町村長には、県から委託された県民投票事務を拒否する権限はなく、かつ議会がその予算を否決してもそれを自らの判断で実行できる。それゆえ、その拒否は違法であると解されます。
では、どうして上記5市の市長は、県民投票事務の執行を公然と拒否しているのでしょうか?
地方自治法は第148条で「普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する」と定め、地方自治体の行為の執行権を、ほぼ全面的に地方自治体の長に委ねています。
そして、県からの委託事務をおこなわなかった場合、仮にそれが違法であっても、それを強制的におこなわせる手段は法定されていません(法律もしくは政令による法定受託事務であれば、是正の指示や代執行の手続きが定められていますが、今回の県民投票は条例による自治事務と解されています)。
従って、各市長による沖縄県から委託された県民投票事務の拒否は、違法であるが、それを是正する手段がない状態、つまり法的根拠なく事実上拒否されている状態だといえます。別言すると、これらの市の県民投票事務の執行拒否は、「市の民意の反映」というよりはむしろ、自らの政治的意見と異なる職務の「違法なサボタージュ」といわれても止むを得ないもののように思われます。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください