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29時間で身につく「にわか韓国語講座」(21)

第6章 「日本語力」で上達する 3.日本語との微妙な違いを楽しむ

市川速水 朝日新聞編集委員

昨年も日本で賞金女王。韓流ゴルフブームをつくったアン・ソンジュ選手=2018年10月撮影。韓国でキャディーさんと話すと、また未知の韓国語にも遭遇します
 ヨロブン、アンニョンハシムニカ!

 第10週目を覚えていますか?「ちょっと寄り道」のコーナーで、「違いに味がある漢字語」を紹介しました。日本語の「取引」が韓国語では「去来(コレ)」とか、「天気」が「日気(イルギ)」とか。

 文法が同じでも漢字語があっても、100%同じではつまらないでしょう。なぜ違うのだろう、と考えていくと、日本語の素晴らしいところ、日本語がむしろ不思議で理屈に合わないんじゃないか、日韓で何か言葉に向き合う気持ちに差があるのではないか、などお互いの歴史や文化の面白さが見えてきます。私にとっては、その作業が楽しいのです。

 今回は、そうした、偉そうに言えば比較文化論を交えた「言葉のコレクション」をいくつかご紹介します。久しぶりの「全編読み飛ばし可」の巻です。

使う言葉が微妙に違う

【人事と挨拶】

 「人事」というと何を思い浮かべますか? 組織の中での身分や地位でしょうか? 「人事を尽くして天命を待つ」というような、「人ができる事柄全般」でしょうか?

 韓国で人事の漢字語読み、「인사、イヌサ」といえば、まず「あいさつ」です。初めて会った時、行事や宴会の冒頭に主催者や来賓が発する言葉。日本語の「挨拶」と同義です。

 新年の挨拶は「새해 인사」といいます。最初に文字を見た時は驚きました。「セヘ」は「새(新しい)」と「해(年)」を表す固有語の連結です。知らないと、鳥? 何かする? 何の人事異動? と頭がめちゃくちゃになります。このくだりは、今年最初の講座でも紹介しましたね。

 「明けましておめでとうございます」→「新しい年に福をたくさん受けてください」

 覚えていますか?

 ちなみに、韓国語も日本語の「人事異動」の意味でも使います。「인사이동」です。

 では、振り返って日本語の「挨拶」とは何でしょう。漢字文化資料館(ネット版)に説明を見つけました。「挨」は、元々は「打つ」「押す」という意味で「拶」は「近づく」「進む」の意味だそうです。挨拶は「押して近づく」ということになります。

 ところが、禅宗のお坊さんたちの間で問答を繰り返すという意味の熟語になり、さらに転じて人同士が出会ったときに交わす受け答えの意味で定着したらしいとのことです。つまり、日本語の挨拶は、元々は言葉のコミュニケーションを表した語なのです。同資料館の説明は、「挨」も「拶」も「挨拶専用の漢字」と結論づけています。

 確かに不思議なことに「挨」も「拶」も、挨拶以外ではほぼ目にしませんね。

【千万でござる】

 アンニョンハセヨ(안녕하세요)!の「アヌニョング」が「安寧」の漢字語読みだということは最初にお伝えしました。日本語では古めかしくなった響きの漢字語が息づいているのが韓国語です。

 ほかにも代表的な例を挙げれば、「ありがとう(カムサハムニダ、감사합니다)」と言われた時に「천만에요、チョヌマネヨ」と返すことがありますね。ご存じの方も多いでしょう。実生活ではあまり聞きませんが、昔から教科書には載っています。チョヌマヌは「千万」。直訳すると「千万でござる」でしょうか。「千万」は、日韓ともに「はなはだ」とか「まったく」「非常に」という意味もありますので、「感謝してもらうなど、はなはだ過分です、めっそうもない」というニュアンスなのですね。

 日本語でも「笑止千万」ということがあります。「ばかばかしい」という意味でよく使われますが、「笑止」は元々「勝事」だったのが転じた当て字だそうです。勝事は「すばらしい」というのと「残念なこと」という両方の意味を持つ語です。

 私も感謝したりされたりの連続で、いろいろ経験して分かったのは、「천만에요」と言わなくても、日本語とあまり変わらない発想でいいということです。「いいえ」=「아니에요、アニエヨ」。「何をおっしゃいます」=「별말씀을요、ピョルマルスムルヨ」(ピョルは「別」の漢字語読み、マルスムは「말、マル=話」の丁寧語です)。

 「ちょっと待ってください」でよく使われるのは잠깐(チャムカヌ)です。「暫間」から由来しています。日本語的発想でも漢字から意味はつかめますが、ほぼ使いませんね。「ちょっと待ってください」(잠깐 기다리세요、チャムカヌ キダリセヨ)のように使います。「잠깐만요(チャムカヌマヌヨ)!」と、「マヌ」(だけ)を付けると、「ちょっと待ってよ」の意味もあるし、「ええと…」と考える時間を稼ぐこともできます。直訳すると「ちょっとだけよ」と、昔の番組「全員集合!」のようになりますが。

 国会などでは「暫時休憩」などと言いますが、韓国は「暫時(チャムシ、잠시)」も日常でよく使います。もっとも、韓国の「ちょっと」は、すごく長くて時々いらいらすることもあります…。これは時間の感覚が違うということで。

【湯と水】

 「お湯」は日本特有の表現です。もちろん、水を熱くしたものですよね。ところが、韓国語で「湯」(탕、タング)はスープ。韓国語では「お湯」を指す特別な言葉はなく、普通は「뜨거운 물、トゥゴウヌ ムル」(熱い水)と言います。銭湯に行って「男湯」というのれんを見て「何のスープだ?」と驚いたと韓国人が言っていました。中国語でも「開水」(沸騰した、沸かせた水)というので、日本語だけが特殊なのでしょうか。

 私が思うに、日本には、湯船や温泉に入る習慣があり、「お湯に入る」「お湯につかる」という言い方が一般化し、その一方でスープのたぐいは「汁」と別な単語が使われるようになって棲み分けができたのではないでしょうか。

 ちなみに、一般的な風呂(入浴、シャワー)のことは、中韓ともに「沐浴(韓国語では목욕、モクヨク)」と言います。

【気をつける】

 「危ない!」は、韓国語で「위험해(ウィホメ、「危険」の漢字語読み+해」。ただ、それほど切迫していない「気をつける」となると違ってきます。조심하다(ジョシム+ハダ=ジョシマダ)。「操心(조심)」の漢字語読みです。心を操(あやつ)る、なるほどですね。「気をつけて」と呼びかける時は「조심하세요」(ジョシマセヨ=ジョシム+ハセヨ」と使います。

 でも、日本語の「気をつけてください」の「気をつける」は何をどこに付けるのでしょうか? むしろ日本語の方が気になります。これは日本語の方が圧倒的に難しいのではないでしょうか。

 「気付け薬」という時の「気」は「正気・元気」を表すし、「気をつけ!」は直立不動の姿勢のことだし。これは何の「気」なのでしょうか…。

 韓国にも「気」という言葉は多くありますが、「気を悪くする」「気を失う」「気に入らない」など、日本語の「気」にまつわる慣用句のほとんどをほかの言葉に言い換えます。この3つの例だと「気分(기분、キブヌ)」「意識(의식、イシク)」「心(마음、マウム)」を主に使います。前者二つは漢字語。マウムは固有語の心です。

【土産とみやげ】

 「土産」って何でしょうね。「みやげ」という読みは完全に当て字であることは想像できますね。韓国では「膳物」(선물、ソヌムル)といいます。なるほど。うやうやしく差し出すものなのかもしれません。

 日本語の漢字は自分の郷土の土着の品に由来するのでしょうが、読みがどうして「みやげ」なのか。諸説あるようです。「見上げるもの」から来たという説、「(相手に)あげる」に丁寧語の「御(み)」が付いたという説。また、伊勢神宮にお参りに行った時に、道中の旅費を貸してくれた人や友人に渡す記念品の「宮笥(みやけ)」から転じたという説もあります。

【酒の肴・あて】

すごい風景でしょう。注文したのは奥に見えるオレンジ色の「カンジャンケジャン」(ワタリガニの醬油漬け)だけ。その他大勢、ずらっと出て来ます。
 酒の肴(さかな)、つまみのことを「按酒」(アヌジュ、안주)と言います。「按」は、元々中国語で「ボタンなどを押すこと」「あてがうこと」などの意味があります。酒にあてがうという意味です。特に西日本では「酒のあて」と言いますから、共通点があるようです。日本語の肴は「酒菜」から読みだけ借りて漢字がいつの間にか変わったらしいのです。

 では、なぜ日本では「つまむ」のか? これも説ですが、昔は指でつまめる「乾き物」だけを「つまみ」と言ったとか。ちなみに、韓国では高価な魚(マグロなど)やカニといったメインディッシュを注文しただけで、キムチはもちろん、様々なおかずがどっと出てくる習慣があります。これを「반찬(飯饌、パヌチャヌ)」と呼びます。「饌」は、ごちそうの意味です。もちろん家庭のおかずも「パヌチャヌ」ですが、特に食堂で最初は皆さん驚きます。「頼んでないのに。サービスなの?」と。そんなことはありません。こみこみのセット料金です。

言い方が微妙に違う

【世の中、世の上】

 「世上」(セサング、세상)と言います。この世界は、世の「中」なのか「上」なのか。何やら哲学的ですね。「この世」のことを指します。

 だから、「世を去った」は「세상을 떠났다(セサングル トナッタ)」になります。すごく驚いた時やがっかりした時に「セサンエ!」という言葉を(特にお年を召した方から)何度か聞きました。「세상에…」ですね。「こんなことが世の中に…」という意味です。英語の「オー・マイ・ガ!」に相当します。

【場合の場合】

 「~の場合」ってよく使いますよね。「場合」は「경우、キョングウ」。「境遇」の漢字語読みです。境遇は、日本語では何か「育ち」とか「環境」を意味しますが、かなり違いますね。ちなみに「場合」を韓国読みした「チャングハプ」は韓国語の辞書には見当たりません。

 このように、日本語でよく使うのに韓国語に見当たらない言葉というのは意外に多いというのが実感です。

 「遠慮します」の「遠慮」も韓国にはありません。近いのが「辞譲」(사양、サヤング)です。前回にやった「됐습니다、テッスムニダ」の方が一般的かもしれません。

 この二つは、思わず口走ってしまう言葉なので、前もって頭に入れて置いた方がいいですね。

 種類は違いますが、「お目にかかれて光栄です」など「光栄」という言葉もよく使います。これが「영광(ヨンググアング)」、つまり漢字をひっくり返して「栄光」の漢字語読みになるのです。考えてみると、日本語でも「栄光の架橋」という言葉があり、栄光と光栄の使い分けは難しいですね。

【広いのは顔か足か】

 知り合いが多いこと、人脈にたけていることを日本語で「顔が広い」と言いますが、韓国語では「足が広い」(발이 넓다、パリ・ノルタ)と言います。韓国語の先生に聞いても由来は分かりませんでした。

 大股で駆け回る守備範囲が「広い」方が人脈づくりのイメージに近い、日本は足で稼ぐよりも「顔パス」のように顔が物を言うからだ、などの説も聞きましたが。

 一方で韓国には「肩が重い」(어깨가 무겁다、オッケガ・ムゴプタ)という表現があります。「重責に緊張する」さまで、日本語ではピンと来ませんが、「責任がずしりと肩に…」といえば同じ感覚ですね。

ちょっと寄り道㉞ ことわざも韓国流?

 ことわざは「俗談」と言います。속담、ソクタム。世俗の言葉という意味でしょうか。

 ことわざは日韓でかなり一緒なので楽です。

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