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興奮しない日韓関係

変わる韓国、変わらぬ日本。「常識の違い」が固定化した今、どう向き合えば良いのか

市川速水 朝日新聞編集委員

 

韓国の康京和外相(右)と握手する河野太郎外相=2019年1月23日、スイス・ダボス

韓国に極端に冷淡な日本人

 日本人が韓国に抱くイメージが世界でいかに特殊なものか。1月22日、韓国の政府機関・海外文化広報院がまとめた「国家イメージ調査」で、改めて浮き彫りになった。アジアだけでなく豪州、中東、欧州、アメリカ大陸の合わせて16カ国、8000人からオンラインで2018年秋に聞いたものだ。

 例えば韓国のイメージを「肯定的に評価する」か「普通」か「否定的」か。2018年にあった平昌オリンピックや南北首脳会談がイメージを変えたかどうか。数項目の質問に対し、日本人の回答だけが韓国に極端に冷淡な数字を出し、日本以外の国は、なだらかな違いはあっても大筋で似ていることが分かった。

 韓国のイメージに関しては、外国人全体の80%が肯定的、つまり好感を持っているのに、日本だけを見ると韓国に肯定的イメージを持つ人は20%にとどまり、「否定的」が43%。唯一、否定的イメージが肯定的を上回った。

 2018年平昌冬季オリンピックが、韓国のイメージに「どう影響を与えたか」という質問でも、日本以外の国は61~94%が「良い方向に」影響を与えたと答える一方で、日本だけが24%にとどまった。むしろ「否定的な影響」が23%と突出して高かった。五輪開催が「何の影響も与えない」が52%と、これも飛び抜けて高い割合を示した。

 南北首脳会談の影響も、日本は「否定的影響」が28%に上り、他国がほぼ全面的に好感して「否定的」が0~3%しかなかったのに比べてかけ離れている。さらに、調査国でただひとつ、否定的な影響が肯定的(24%)を上回ったのも特徴だ。

 他国は韓国の文化(韓流)やスポーツ、政治イベントが好感度に結びつきやすいが、日本人が抱く「悪いイメージ」は、少々のイベントでは揺るがない。むしろ、さらに悪い方向に受け取られやすいことを意味している。

「韓国は軍事独裁政権時代とは違う国だ」

 この固定されてしまった「悪いイメージ」の原因となった出来事を挙げるのは簡単なことだろう。昨年の秋以降だけみても、国会議員の竹島上陸、慰安婦問題をめぐる2015年「政府間合意」の事実上の破棄、元徴用工への賠償を認めた判決確定、そして最近の火器管制レーダー照射問題と続けざまに起きている。

 現状では、韓国の立場をある程度理解しようとする韓国通ほど「韓国疲れ」は激しい。どれも日本側から見れば、筋が通っていない、過去の約束を破っている、言い訳がましいと映る。変だ。これでは弁護のしようがない。

 韓国人記者や日韓問題に詳しい韓国人学者にこれら最近の問題について討論しようとすると、あまりにも「日本の常識」とかけ離れ、話がかみ合わないのに驚く。

 日本が「元徴用工を含む請求権問題は、完全かつ最終的に解決済み」という根拠にしている1965年の日韓基本条約・請求権協定については、「あの時、韓国は軍事独裁政権で民主化されていない未熟な国だったから。今は事実上、違う国だ」と言う。

 レーダー問題では「日本はなぜ小さな話で韓国に喧嘩を売ってくるのか」。慰安婦問題の政府間合意は「韓国社会が納得していないのに朴槿恵政権が頭ごなしで決めてしまった」。

 これらの答えは、私が個人的に聞いたもので、韓国政府の説明やメディアの論調とは少し異なるかもしれない。だがそこには、日本からどう見えようと、韓国独自の物差しでものごとを見直そうという風土だと確信せざるを得ない。

価値観の変化に躊躇しない韓国

 特に平成と重なる30年間を振り返ると、日韓両国が別々の価値観で違う道を進んできたことが鮮明になる。

 韓国は、価値観が変わることに躊躇しない。激しい民主化闘争を経て、平成のスタートごろから軍事独裁を放棄して民主政権へとかじを切った。

 金泳三、金大中、盧武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅の各大統領とも、苦学、弁護士、ビジネスマン出身、二世といったキャラクターの違いを鮮明に出し、有権者の支持を得た。退任後は大半が在任中の行為を問われ(朴氏は現役中に弾劾された)、自殺した盧武鉉氏のように悲惨な末路をたどった元大統領も多い。大統領選では熱狂的な支持を集めても、当選するとあっという間に風向きが変わって支持率が落ちる。有権者は後悔し、週末ごとに退陣デモが繰り返される構図は定着している。

ソウル中央地裁での論告求刑公判を終え、護送車に向かう李明博元大統領=2018年9月6日、東亜日報提供

 その間、国会議員の女性比率は1990年で日韓とも、約2%と低い水準で肩を並べていたが、伝統的に男尊女卑が激しかった韓国では、国会議員選で比例代表のクオータ(割り当て)制を導入するなど女性の政界進出を後押しし、17%まで上げてきた(日本の衆議院は9%)。司法制度の可視化、性犯罪対策など法制化を次々と進め、「MeToo運動」も激しく広がり、政財界を震撼させている。労働・福祉政策の向上を訴える市民デモは日常化している。

 芸能人、文化人の政治的な発言も世論に大きな影響を与える。日韓外交がこじれても訪日客は増え続け、2018年は753万人と過去最高を記録した。中国からの客に続き、日本が目指す観光立国に大きく貢献している。

何が起きても静かで変わらない日本

 それに比べて日本は、韓国とは反対の方向に進んできた。肯定的な言い方をすれば「ぶれない」「一貫している」「落ち着いている」とも表現できる。

 現金崇拝が続き、キャッシュレス社会はやっと緒についたばかり。人工知能やAIの自動運転開発も欧米や中国に大きく遅れている(今のところ、だが)。官庁による不適正な調査が分かっても、首相の家族や友人が国の政策判断に関与していることが分かっても、大臣の辞任や政権交代に発展しない。政府が民間の給料に口を出しても、国が借金づけになっていることをうすうす知っていても、何とかなるのではないかと期待し続ける。

 歴史の清算についても同様だ。戦争被害や戦争犯罪について、原爆投下の真相糾明・被害回復も、戦争犯罪人の裁きも、日本自らの手ではしてこなかった。日韓請求権協定や日中、日ソなどとの国交正常化についても、条約の本格的な見直しを自国世論に訴え、それをバックに相手国に迫ることはなかった。バブルの時も、世界第2の経済大国になっても、平成になっても変わらなかった。

 最近の日ロ間の平和条約交渉も、北方領土の帰属について進展が見られない。2島返還なのか4島なのか、経済協力だけなのか、何をもって解決というのか、説明もされない。終戦直後にシベリアに抑留された元軍人らへの法的責任の追及は、どんどん遠ざかっていく。

参院本会議の開会前、麻生太郎財務相(手前左)と言葉を交わす安倍晋三首相=2018年10月30日

 戦後、自民党内の権力闘争があっても、民主党政権になっても、社会の仕組み、人権意識や中央対地方の関係は大きくは変わらなかった。死刑制度を廃止する機運は、いまだにない。辺野古をめぐる沖縄の声も中央に届かない。女性登用も同じだ。

 韓国人から「安倍首相は、閣僚に女性を登用しないだけで終わりだ。韓国ではそれだけで退陣デモが起きるだろう。なぜ日本は静かなのか」と聞かれても、なかなか良い答えがない。

興奮してもそれすら相手に伝わらない

 韓国の「なぜ」に日本は答えられず、日本の「なぜ」に韓国は答えられない。もはや「常識」と呼ぶものがお互いに常識ではない。徴用工判決で「ありえない」と日本のトップが言うことが、韓国では普通にある。

 では、日本は韓国とどう向き合えばいいのか。

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