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県民投票から見えてくる沖縄の理想と現実

一転して全県実施の見通しとなった辺野古移設めぐる県民投票。結果はどうなる?

山本章子 琉球大学講師

 民意がいかされなかった90年代の住民投票

基地整理・縮小、日米地位協定見直しを問で沖縄県民投票。「賛成に○で投票しょう」のたすきをかけた「平和のたすきリレー」の出発式もあった=1996年8月15日、沖縄県糸満市
拡大基地整理・縮小、日米地位協定見直しを問で沖縄県民投票。「賛成に○で投票しょう」のたすきをかけた「平和のたすきリレー」の出発式もあった=1996年8月15日、沖縄県糸満市
 1996年9月8日に行われた県民投票は、大田昌秀県政の支持基盤だった県内最大の労働組合である連合沖縄が、県民投票条例の制定に必要な署名数を集めて実現した。問われたのは、日米地位協定の見直しと県内の米軍基地の整理・縮小についてであった。

 投票率59.53%。結果は、見直し・基地縮小に「賛成」が89.09%だった。ところが大田知事は、県民投票の告示前日にあった代理署名訴訟の最高裁判決で、県が全面敗訴したのを受け、県民投票の5日後に軍用地の代理署名に応じる。

 いったい何のための県民投票だったのか……。尽力した人々は茫然とした。

 翌97年の12月21日には名護市住民投票が実施される。名護市辺野古沖の海上ヘリ基地建設の賛否を問う住民投票を求めて、21の市民団体が有権者の46%に相当する数の署名を集めたのだ。

米海兵隊普天間基地の代替海上基地建設の是非を問う名護市の住民投票で反対が多数を占め、大喜びする市民=1997年12月21日、沖縄県名護市 拡大米海兵隊普天間基地の代替海上基地建設の是非を問う名護市の住民投票で反対が多数を占め、大喜びする市民=1997年12月21日、沖縄県名護市

 これを受け、比嘉鉄也名護市長は、①賛成②環境対策や経済効果が期待できるので賛成(条件付賛成)③反対④環境対策や経済効果に期待できないので反対(条件付反対)――四択を問う形に修正した上で、条例を制定する。

 当時、防衛庁の事務次官だった秋山昌廣氏は「やって、負けたらどうするの」と名護市住民投票の実施に反対したという。秋山氏の回顧によれば、比嘉市長は「勝てる」〔=賛成多数になる〕と思っていたようだ。

 結局、投票率は82.45%と高率に達し、賛成は45.31%(賛成8.13%、条件付賛成37.18%)にとどまり、反対が52.85%(反対51.63%、条件付反対1.22%)と半数を超えた。

 ところが、比嘉市長は住民投票の3日後、政府の北部振興策とひきかえに基地建設を受け入れ、辞任する。民意はまたしても踏みにじられたのだった。

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筆者

山本章子

山本章子(やまもと・あきこ) 琉球大学講師

1979年北海道生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。著書に『米国と日米安保条約改定ー沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年)、『米国アウトサイダー大統領ー世界を揺さぶる「異端」の政治家たち』(朝日選書、2017年)、『日米地位協定ー在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書、2019年)など。

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