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「平成デモクラシー」の意義と限界

政体論の復権の試み:天皇制と「平成デモクラシー」を考える(前編)

河野有理 首都大学東京法学部教授

平成時代の「政体」変遷の舞台となった国会議事堂=2017年10月23日拡大平成時代の「政体」変遷の舞台となった国会議事堂=2017年10月23日

「国体」は護持されたが「政体」は変化した

 「国体」は護持された。だが、「政体」は大きな変化を被った。「あの戦争」の話ではない。

 日本国憲法は、1946年のその公布以来、一度たりとも修正されたことなく2019年現在に至っている。比較憲法史上まれにみる「硬い」憲法典である。ところが他方、「この国のかたち」は、とりわけまさに去りゆかんとするこの平成という時代において、大きく変化している。

 憲法典を「国体」に、にもかかわらず変化した「この国のかたち」を「政体」に喩えるなら、平成とは「国体は護持された、されど政体は変わった」時代ということになろう。

 もう少し穏当に言い直そう。1946年以来、憲法典自体は同一である。だがその憲法典の運用の実態は大きく変化した。この「運用の実態」は、やはり古式ゆかしい言葉を持ち出すならば、「憲政」ということもできる。平成においては、この憲政の姿が大きく変貌した。

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筆者

河野有理

河野有理(こうの・ゆうり) 首都大学東京法学部教授

1979年東京生まれ。東京大学法学部卒業、同大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。首都大学東京都市教養学部准教授を経て2016年より現職。主著に『明六雑誌の政治思想』(東京大学出版会)、『田口卯吉の夢』(慶應義塾大学出版会)、『偽史の政治学』(白水社)などがある。