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【5】トランプ大統領の凋落が始まった?・上

政府閉鎖で「国境の壁」めぐり得るものなし。支持率は過去最低。ささやかれる「変調」

沢村亙 朝日新聞論説委員

政府閉鎖を発表するトランプ大統領=2019年1月25日、ホワイトハウス(ランハム裕子撮影)政府閉鎖を発表するトランプ大統領=2019年1月25日、ホワイトハウス(ランハム裕子撮影)

“勝利宣言”を装った敗北宣言

 それは“勝利宣言”を装った敗北宣言といえた。

 「政府の閉鎖を終わらせる『ディール』を結べたと、私は誇りをもってお伝えしたい」

 1月25日。ホワイトハウスのローズガーデンでテレビカメラを前に、トランプ大統領がそう切り出すと、周囲の高官たちから拍手がわいた。

◆政府閉鎖の終了を発表するトランプ大統領(動画)

 35日間も続いた史上最長の「連邦政府の閉鎖」は、ひとまずこれで終止符が打たれることになった。

 「私は、替わりとなるとてもパワフルな対抗手段を有しているが、今はそれを使いたくはない」

 トランプ氏はそう強がってもみせた。だが、だれの目にもトランプ氏の「敗北」は明らかだった。

トランプ大統領の得意パターン

 言動の先行きが読めないことを「武器」とするトランプ氏だが、それでも一定のパターンがある。

 自分を批判する者、意に沿わない態度をとる者に対しては、「10倍返し」「100倍返し」で猛烈な批判、非難を浴びせる。まるで脅迫ともとれる高圧的な姿勢で、最大限の要求を突きつける。相手がひるみ、折れたり妥協したりするそぶりを見せるやいなや、要求のレベルを一気に引き下げて「ディール」へと持ち込む。

 トランプ氏にとって大事なのは、「どれだけの果実を得たか」ではない。いかに難しい相手と「合意」を結んだか。まさしく、本人の著書のタイトルにもある「ディールの技」(Art of the Deal)を大衆に見せつけることにある。

 今回もアメリカ国民向けのテレビ演説で、「南の国境で、人道上および国家安全保障上の危機が高まっている」と、危機を最大限に演出するいつもの得意の手法を展開。メキシコとの国境沿いに不法移民の流入を防ぐ壁を建てる57億ドル(約6200億円)の本予算への計上についての理解を求めた。

国境の壁建設に向けた「勝算」

⽶国とメキシコの国境の⼀部にはすでに塀やフェンス、柵が設けられている。塀のメキシコ側には⽶国⼊国をめざ
すメキシコ⼈家族のテントが並んでいた=2019年1⽉24⽇、メキシコ北部サンルイスリオコロラド(筆者撮影)
⽶国とメキシコの国境の⼀部にはすでに塀やフェンス、柵が設けられている。塀のメキシコ側には⽶国⼊国をめざ すメキシコ⼈家族のテントが並んでいた=2019年1⽉24⽇、メキシコ北部サンルイスリオコロラド(筆者撮影)
 トランプ氏にとって「国境の壁」は、公約中の公約。まさしく「鉄板」ともいえる最大の政策目標のひとつである。

 だが、昨年11月の中間選挙で民主党が連邦下院で大勝し、議席の過半数を握った。これによって、特に議会承認が必要な予算措置を伴う政策を自分の思い通りに実現させるのがかなり難しくなった。そのこと自体はトランプ氏も自覚している。だからこそ、ここは多少の「血」は流しても、壁建設に向けて突っ走るしかなかった。

 トランプ氏がなぜ、「国境」や「壁」にここまでこだわるのかは別の機会に論じることにしたいが、今の厳しい政治状況でも、彼なりの「勝算」はあった。

 中核的な支持層である共和党保守層を除けば、莫大な費用を費やす壁の建設についての国民の支持は高いとはいえない。だが、不法移民への懸念の声は党派を越えてアメリカ社会にそれなりにある(不法移民や国境の壁に関する米国民の意識を調べた米調査機関Pew Research Centerのサイト参照)。ここで「壁がないために米国への入国に淡い期待を抱き、危険きわまりない移民キャラバンに加わるかわいそうな女性や子どもたち」という「人道危機」も併せて強調すれば、より幅広い理解が得られるかもしれない。しかも、民主党は、主流派と、移民の権利擁護に熱心な左派とに分断されており、政府閉鎖が長引くうちに主流派の一部が音を上げて自分の主張に歩み寄るのではないか。米国世論も「移民の権利より、自分たちの生活にかかわる政府閉鎖を終わる方が大切」という方向に振れていくはずだ――。

 そんな読みである。

政府閉鎖がトランプ支持層を直撃

ナンシー・ペロシ下院議長(ランハム裕子撮影)ナンシー・ペロシ下院議長(ランハム裕子撮影)
 だが、78歳のナンシー・ペロシ下院議長が率いる民主党は1ミリも動かなかった。

 アメリカでは、給与は2週間ごとに支払われるのが一般的だ。日本のように貯金などでやりくりする人は少なく、多くの人がローンで家や車を買い、日々の生活費のほとんどをカードで支払う。そのため、政府閉鎖が始まって最初の給与が「未配」になった1月上旬ごろから、資金繰りに困る人が急増し、トランプ氏への逆風が吹き始めた。

 今回の閉鎖で、自宅待機や自主勤務を強いられた公務員は約80万人。さらに、政府機関と調達契約などを結ぶ多くの中小企業も軒並み「開店休業」に追い込まれた。

 とくに2016年の大統領選でトランプ氏勝利の原動力となった、ペンシルベニア州、オハイオ州、ウェストバージニア州などの中西部では、こうした分野で働く人の比率が多い。閉鎖は民主党よりも先に、トランプ支持層を「直撃」することになった。

 国家の安全保障にかかわる部門からも悲鳴が上がり始めた。連邦捜査局(FBI)の職員団体は「ギャングの捜査に必要なスペイン語の通訳に渡す謝礼や、テロ・薬物捜査の協力者に支払うカネが尽きつつある」と訴えた。

過去最低に落ち込んだ支持率

 収入を絶たれた公務員を対象とした食料の無料配給に長い列が並び、消費者金融や質屋の繁盛が伝えられるなど、米国経済へのダメージが懸念される事態になったにもかかわらず、トランプ政権の高官からは庶民の神経を逆なでする発言が相次いだ。

「なぜ食料配給に頼るのかがわからない。銀行から借りればいいじゃないか」(ロス商務長官)
「私の部下は無給で働いてくれている。誇るべき仕事だし、トランプ大統領を信頼しているからだ」(カドロー国家経済会議議長)

 1月下旬には世論調査で

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