かみあわない「トランプ流」。ロシア疑惑につのる不安。次々と去る高官たち……
2019年02月01日
何かと物議を醸し、社会の分断をあおっていると非難されるトランプ大統領だが、「既存のエリート政治」という厚い岩盤に体当たりで挑み、自分が大統領選中に打ち出した政策をひとつひとつ実行に移してきたのも事実である。
その「トランプ流」の歯車がかみあわなくなっているのでは――。そんな指摘が最近、聞かれる。
それが顕著にあらわれたのは、政府閉鎖が始まる少し前の昨年12月11日に、ホワイトハウスの執務室で、民主党のペロシ下院院内総務(当時)、シューマー上院院内総務の民主党の両議会トップと、トランプ氏とがテレビカメラの前で17分間にわたって繰り広げた口げんかである。
「米国の安全を守るために壁が必要」と持論をとうとうと述べたトランプ氏。ペロシ氏が「トランプ・シャットダウン(閉鎖)は避けなければならない」と応じるや、トランプ氏は切れた。「えっ、今なんて言った」と聞き返し、あとは顔を真っ赤にしながらペロシ氏らの発言に細かく反論。最後にはこう大見えを切った。
「国境の安全のためなら、私は誇りをもって政府を閉鎖する」
◆テレビ中継されたホワイトハウスでの「大げんか」
政府閉鎖に突入した場合、「その責任は大統領の提案に耳を貸さない民主党にある」となすりつけることで、トランプ氏は世論を有利に誘導することもできた。
だが、「戦い」が本格的に始まる前から「私が閉鎖する」と大見えを切ったのは、たとえ民主党の重鎮2人を相手に自分が大物であることを支持層にアピールする意図があったとしても、その先のことを考えれば「ディールの達人」らしからぬ戦略的なミスといえた。
トランプ氏の「変調」を浮き彫りにしたもう一つの年末の出来事は、12月19日の朝、「我々はシリアでISに勝利した。トランプ政権で米軍をシリアに駐留させる唯一の理由だった」と投稿したトランプ氏のツイッターだった。間を置かず、ホワイトハウスはシリアからの米軍撤退開始を発表した。
何ごとも損得勘定を優先して考えるトランプ氏にとって、莫大なコストと若者の命の危険というリスクをアメリカが払って、あたかも「世界の警察官」のように全世界に兵力を展開するというのは、「割の合わないビジネス」といえた。
つまりトランプ氏が思い描く“強いアメリカ”像とは、国際秩序を主導していくリーダーとしての「強さ」ではなく、だれも寄せ付けない堅い甲羅で国境を守り、アメリカのみの国益をとことん追求していく「強さ」にほかならない。
シリア撤退もまた、この文脈に沿った判断であり、そもそもトランプ氏の長年の公約でもあった。とはいえ、国内外の反発や懸念の押し切ってまで、今それに突き進むのはなぜか。いったいトランプ氏は何に焦っているのか。
まずは前述したように中間選挙での手痛い敗北がある。下院で共和党が議席を大きく減らしただけではない。大統領選での自らの勝利に大きく貢献したウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルベニア州などの知事選で民主党の候補が勝利したのは、自らの再選に向けての気がかりな「黄信号」といえた。
さらにトランプ氏をいらだたせているのが、アメリカ経済の変調だ。
トランプ氏は、株高や歴史的な低失業率など大統領就任いらいの経済の好調ぶりを、自らが音頭をとった大規模減税や規制緩和策の成果だとして、何かにつけて自賛してきた。自らの支持率と並んで、日々の株価の動きにもきわめて敏感だ。
その株価が昨年12月に大きく急落。連邦準備制度理事会(FRB)が「自分の反対に耳を貸さずに利上げしたからだ」といわんばかりに、FRBのパウエル議長に対する不満をむき出しにした。
だが、何よりもトランプ氏の精神状態を不安定にさせている最大の要因とみられているのが、2016年の大統領選でロシアがトランプ氏陣営に肩入れして介入したとされる「ロシア疑惑」の捜査だ。疑惑追及が核心に迫っていることをうかがわせる報道が相次ぎ、「果たしてトランプ氏は合法的に選ばれた大統領なのか」と、レジティマシー(法的正当性)を疑問視する声も広がり始めた。
特に、元個人弁護士のマイケル・コーエン氏が捜査当局との司法取引に応じ、トランプ氏のロシアでのビジネス事業について連邦議会にウソの証言をした罪を、昨年11月末に裁判所で認めたことが大きな打撃になったことは想像に難くない。
コーエン氏は、不動産ビジネスから私生活に至るまで、トランプ氏のありとあらゆるトラブル処理にかかわっていた人物で、かつては「トランプ氏のためなら自ら銃弾を受けることもいとわない」とトランプ氏への強固な忠誠心を公言していた。
トランプ氏が神経をとがらせるのは、選挙資金法違反や脱税など自らの罪を軽くするのとひきかえにコーエン氏が捜査当局の聴取に語る話の中身だけではない。信頼していた長年の懐刀ですら、いつ自分に背を向けるか分からないという現実である。
11月の中間選挙の直後、トランプ大統領はセッションズ司法長官を更迭。12月に入ると、ホワイトハウスの職員を束ねる要職であるケリー首席補佐官の年内退任を発表した。
自信と不信。おそらく表裏一体のものだろう。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、トランプ氏はホワイトハウスでの会議で「このろくでなし野郎」と側近をののしることが多くなっているという。さらに、絶え間ない内部情報のリークや、悪いことしか報道しないメディアなどを指して、トランプ氏が側近に「毎日が(内外の敵と戦う)戦争のようだ」と嘆いているとも報じられた。
孤独感を深めるトランプ氏は最近、共和党のランド・ポール上院議員をはじめ「ティー・パーティー(茶会)運動」との結びつきが強い保守派の政治家のアドバイスに耳を傾けることが多くなったという。
ポール議員は、徹底的に小さな政府や対外不介入を主張するリバタリアン(自由至上主義者)にも近く、アフガニスタンからの米軍撤退をトランプ氏に進言したのもポール議員と伝えられている。
トランプ流の歯車がかみあわない状態はしばらく続くだろう。政府閉鎖をめぐる「敗北」は、トランプ政権にとって「終わりの始まり」になるかもしれない。
ただ、その一方で、「負け」を忌み嫌うトランプ氏がこのまま引き下がるとも考えがたい。
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