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中島岳志の「自民党を読む」(6)加藤勝信

安倍家と家族ぐるみ。安倍内閣で一気に出世。安倍的パターナリズムから脱却できるか

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

加藤六月の娘婿、ポスト安倍に急浮上

 昨年の自民党総裁選後に、自民党総務会長に就任した加藤勝信さん。着任直後の10月5日、読売新聞に「ポスト安倍に加藤氏急浮上…首相の信頼厚く」という見出しの記事が掲載され、一気に首相候補として取りざたされるようになりました。

 しかし、いまでも知名度はそれほど高くなく、国民の間でも「どんな政治家なのかピンとこない」「顔と名前が一致しない」という人が多いのではないかと思います。

 今回は、そんな加藤勝信さんのこれまでの主張に注目して、いかなるヴィジョンを持った政治家なのかを見ていきたいと思います。

自民党総務会の後、記者会見で質問に答える加藤勝信総務会長=2018年10月9日、東京・永田町

 加藤さんは東京生まれで、父親の室崎勝聰さんは日野自動車工業の取締役副社長を務めました。

 東京学芸大付属小学校・中学校に進みますが、この時の同級生に連合会長の神津里季生さんがいます。二人は学校からの方向が同じだったので、よく一緒に帰っていたと回顧しています。(神津里季生氏との対談「働き方と社会保障の改革は「党派」を超えて」『新潮45』2016年5月号)

 東京大学経済学部を卒業後、1979年、大蔵省に入省しキャリアを積み重ねますが、あることをきっかけに政治家の途へと踏み出して行きます。それは自民党の有力政治家だった加藤六月さんとの出会いでした。

 もともと政治家志望だった加藤勝信さんは、大蔵省に強い影響力を持つ自民党税調会長を長年務めた加藤六月さんと知り合い、目をかけられるようになります。そして、その娘(次女)と結婚。「室崎」姓から「加藤」姓に変更します。その後、大蔵省を退官し、加藤六月さんの秘書を務めました。

 加藤六月さんは安倍晋太郎さんの信頼が厚く、「安倍派四天王」の筆頭と言われていました。そのため、加藤家と安倍家は家族ぐるみの付き合いがあり、妻同士が親友関係になりました。「妻同士」とは、つまり安倍晋三首相の母・洋子さんと、加藤勝信さんの義母・睦子さんのことで、いまでも二人は「姉妹と言われるほど親しい」とされています(産経新聞2018年11月9日)。

 この両家の深い関係が、のちに加藤勝信さんの政治家人生を切り開くことになります。

 後述するように、加藤さんは安倍晋三内閣で重用され、今日の有力政治家としての地位を築きました。この安倍晋三さんとの関係が、加藤さんという政治家を考える際、最も重要なポイントになります。

外相時代の安倍晋太郎氏=1986年6月4日、外務省
自民党政調会長時代の加藤六月氏=1990年6月23日。東京・日比谷

安倍内閣で一気に出世

 加藤さんは、当初すんなりと政治家になれたわけではありません。

 安倍晋太郎さんが亡くなった後、義父の六月さんが権力闘争に敗れ、自民党を離党。加藤勝信さんは1998年に参議院議員選挙に岡山県選挙区から出馬するのですが、無所属での出馬となり落選。さらに、2000年の衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬したのですが、選挙区から出ることができず、比例中国ブロック単独7位で落選。8年間の浪人生活を送ることになりました。

 2003年の衆議院議員総選挙で、比例中国ブロック単独3位で自民党から出馬し、ようやく当選。六月さんが所属していた清和会(旧安倍派)ではなく、岡山選出の橋本龍太郎さんが会長を務める平成研究会(旧竹下派)に入会しました。

 2007年、第1次安倍改造内閣が発足すると、内閣府大臣政務官に抜擢されます。しかし、同年7月の参議院議員通常選挙で自民党が大敗。同年9月に安倍改造内閣が退陣し、福田内閣が発足しました。加藤さんは内閣府大臣政務官を留任となりますが、盟友の安倍晋三さんが失脚してしまったため、頼みの綱を失ってしまいます。

 加藤さんは、安倍内閣崩壊を機に設立された「創生『日本』」に加盟し、安倍さんを支えます。

 この会は「伝統・文化を守る」「疲弊した戦後システムを見直す」「国益を守り、国際社会で尊敬される国にする」という指針を掲げた右派議員集団で、当初は中川昭一さんが会長を務め、2009年から安倍晋三さんが会長に就任しました。加藤さんは事務局長を務め、安倍さんをサポートします。

 2012年9月の自由民主党総裁選挙では、安倍晋三さんの推薦人となり、復権に貢献します。その功績もあって、第2次安倍内閣では別の派閥に属しながら、内閣官房副長官に起用されます。2014年5月には、内閣人事局発足に伴って、初代の内閣人事局長に任命されました。

参院予算委の前、安倍晋三首相、麻生太郎財務相、加藤勝信厚労相(右)=2018年3月5日

 加藤さんは、以前から行政機構のシビリアンコントロールの重要性を説いていました(「国民のための明瞭な仕事を行うことが重要」『時評』2008年1月号)。大蔵省出身で行政機構のあり方に精通している彼は、ここで能力を発揮します。官僚の人事を巧みに掌握し、官邸主導の政治運営を構築。官僚の「忖度」が、一気に加速します。

 ある財務省幹部は、次のように言っています。「加藤氏に官邸主導の人事を見せつけられ、無駄な抵抗は止めたほうがいいと悟った」(「「お友達」に官僚が斬れるか-加藤勝信一億総活躍担当相「アベノミクスの成否」握る」『THEMIS』2015年11月号)。

 2015年10月7日に発足した第3次安倍第1次改造内閣では、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)及び一億総活躍担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当、国土強靱化担当として初入閣を果たします。2016年8月には、新たに設けられた働き方改革の担当大臣を兼任します。

 2017年8月には厚生労働大臣に就任しますが、任期中に厚労省でデータ改竄問題が発覚し、国会が紛糾します。現在の厚労省不正統計問題に繋がる問題の矢面に立ちますが、辞任には至らず、大きなダメージを受けることを免れました。

 そして、2018年10月に自由民主党総務会長に就任。現在に至っています。

社会保障制度の確立に奔走

 さて、加藤さんの理念と政策を見ていくことにしましょう。

 ただ、困ったことに、加藤さんは一冊も著書を出しておらず、彼が何を考えている政治家なのかを体系的に知ることができません。そのため、前回の岸田文雄さんと同様、様々な雑誌などに掲載された寄稿文・インタビュー・対談をかき集め、分析する必要があります。

 加藤さんの最大の特徴は、新自由主義が自民党内を席巻する中、珍しく「リスクの社会化」政策に取り組んできたという点にあります。

 加藤さんは2009年に、次のように言っています。

 日本は、家族、地域社会、企業が社会保障の一部を担ってきた側面があります。しかし、国際化、競争の激化といった社会的な動きを背景に、この20年程でそういった機能が低下してきました。この低下した機能を補いきれていないのが現状です。
 そのため、さまざまなリスクに個人が裸でさらされるようになっています。派遣村が話題になりましたが、昔なら失業しても帰るところがあったでしょう。不安や懸念が広まっている背景には、そうした社会の変化に対応できていない現状があると思います。
 低下してしまった社会保障の機能を今後どのように補っていくのかを議論し、新しい体制を作っていく必要があります。(「超党派協議の場を設置し財源も含めて真摯に議論を-加藤勝信氏(自民党厚生労働部会長)に聞く」『週刊社会保障』2009年11月2日号)

 かつての日本は、様々なリスクに対して、家族、地域社会、企業などが力を発揮し、対処していました。しかし、社会の流動化によって、その機能は急速に低下し、国民が裸の状態でリスクにさらされるようになりました。

 これを本来であれば行政がカバーし、セーフティネットを整える政策を行うべきだったのですが、新自由主義の席巻により、新たな社会保障制度が確立されることはなく、「官から民へ」の号令のもと、様々な市場化が進行しました。

 加藤さんは、このような状況に危機感を抱き、新たな時代の社会保障制度の確立に奔走します。

参院厚労委で答弁する加藤勝信厚労相。右隣は安倍晋三首相=2018年6月26日、岩下毅撮影

国民皆保険を守るために

 加藤さんが尽力したことの一つに、国民皆保険制度の維持があります。彼は次のように明言します。

 いつでも、誰でも、どこでも医療にかかることができるという国民皆保険制度は世界に誇るべき素晴らしい制度です。(『健康保険』2009年12月号)

 しかし、この制度は「コストが非常に低く抑えられている」ため、維持が困難になりつつあります。「医師や看護師等の医療従事者の個人の努力により、なんとか成り立ってい」るものの、「個人の努力に依存していては制度として持続性」がありません。

 そこで加藤さんは、診療報酬の見直しを訴えてきました(「超党派協議の場を設置し財源も含めて真摯に議論を-加藤勝信氏(自民党厚生労働部会長)に聞く」『週刊社会保障』2009年11月2日号)。

 厚生労働大臣時代には、国民健康保険の安定化を図るために公費拡充を主張し、負担軽減に取り組みました。

一億総活躍社会の実現

 こういった姿勢の延長上にあるのが、安倍内閣が打ち出した「一億総活躍社会」です。

 これは安保法制で低下した内閣支持率の回復を目指して打ちだされたもので、選挙対策という側面が否めませんでしたが、加藤さんは担当大臣として、この政策を主導します。

 彼は、「成長と分配の循環によって、新たな社会経済システムを作って行きましょうというのが、「一億総活躍社会」の意味するところ」とし、再配分の強化による経済成長促進を訴えます。力強い成長をするためには、社会的弱者となった人たちが「夢や希望を持って家庭や地域社会や職場等でもう一歩前へ踏み出して行ける社会」が必要と言います(徳川家広との対談「「公」を生きる(後編)」『経済界』2016年9月)。

 そこで2016年6月には、次の三つが目標として掲げられました。

① 「戦後最大の名目GDP600兆円」
② 「希望出生率1.8」
③ 「介護離職ゼロ」

 加藤さんがこだわったのは、このうちの②「希望出生率1.8」です。

 現代日本社会の大きな問題は、間違いなく少子高齢化と人口減少です。人口が減るということは、消費者が減るということを意味します。そうすると経済規模が縮小するという将来予測が共有され、不安や悲観論が先行し、消費や設備投資が滞ります。この不安を払拭するためには、希望出生率を上げる必要があります。

 ではどうすればいいのか。

 まずは、「子育て支援」の充実です。待機児童を解消するためには、保育施設の拡張と保育士の処遇改善が必要で、そのための予算措置を模索しました。さらに、将来の賃金の見通しを良くするために、雇用の安定が必要であることを訴え、労働環境の改善に取り組みました。

 これは、この後の「働き方改革」に繋がっていきます。

子供の貧困の解決

 加藤さんが強く訴えてきたことに、子供の貧困の解決があります。

 近年の日本では、子供の相対的貧困率が過去最高を記録しており、子供の6人に一人が貧困状態にあると言われています。子供の貧困を放置すると、将来の国家の発展を阻害することにつながるため、子供の貧困対策こそ、未来への投資となると、加藤さんは言います。

 子供の貧困の要因を見ていくと、母子家庭の母親の就労環境の問題が浮上します。彼女らの就労率は80.6%と高いものの、半数以上が非正規雇用で、平均年収は約181万円と低い水準にとどまっています。また生活保護を受けている母子家庭の約4分の1が、母親に障害があったり、病気を患ったりしており、しっかりとしたサポートが必要な状況にあります。

 加藤さんは言います。

 子供の貧困を解消するには、働き方を改革し、非正規労働者の処遇を改善することや、男女の賃金格差を解消することなど、直接関連がないと思われているような政策も含めて、多様な政策を組み合わせた総合的な対策を行っていかなければならない。(「子供の貧困対策:一人ひとりが日本の未来を支えていくために」『国際問題』2016年12月号)

 また、子供のソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)にも目を向ける必要があります。加藤さんは「子ども食堂」や「学習支援」に注目し、子供に居場所を与える事業を充実すべきと説きます。

 日本から子供の貧困をなくすには、国や地方公共団体による支援はもちろんのこと、こうした子供たちを孤立させない民間の取り組みが欠かせない。地域の大人たちが子供たちに寄り添い包摂する環境を作っていくことが重要である。(同前『国際問題』2016年12月号)

賃上げを重視

 加藤さんは一億総活躍担当相として、安倍政権が進める「働き方改革」を主導しました。

 まずは長時間労働の是正。そして、同一価値労働同一賃金の導入。さらに、非正規の処遇を改善し、不合理な待遇格差を是正することで中間層を分厚くすることを目指しました。そのことで消費を拡大し、経済の好循環を促進するというのです。

 日本は15歳から65歳の「生産年齢人口」が1990年代から減り続けてきました。しかし、近年、就業人口が増えています。それは女性と高齢者の働く数が増えたからです。

 女性と高齢者が働くことができる環境をさらに整えていけば、まだまだ働きたいという思いを持っている方が多くおられるわけですから、就業人口をさらに増やしていくことができる素地がある、と言うことができます。(「働き方改革が日本の未来を拓く」『中央公論』2016年12月号)

 さらに重要なのは、ワーク・ライフ・バランスをとりやすくすること。勤務時間を短くすれば、自己研鑽やリフレッシュに充てる時間が増加し、イノベーションが起きやすくなると言います。そのために、テレワークを推進し、通勤時間を減らすことが目指されます。また、これまで労働市場に出てきていなかった人たちの参入によって、多様な人材が参加するようになり、結果、生産性が向上すると主張します。

 一人一人が働きやすい、多様性を持った社会にすることで労働参加率も上がっていくなかで、少子高齢化という問題に真正面から立ち向かい、人口減少という隘路から抜け出していく(同前『中央公論』2016年12月号)

 加藤さんが訴えるのは、賃上げの重要性です。賃上げによって消費を拡大させ、経済の好循環をもたらすというのが狙いです。

 神津・連合会長との対談では、春闘への期待を口にしています。

 今回の春闘には期待するところ大なんですよ。連合には連合のお考えがあるかもしれませんが、我々は上の方が高ければ、下も引っ張ってくれるんじゃないかと思っています。そしてトータルとして賃金が上がっていく。経営側にもお願いしていますし、ぜひ実現していただきたい。これがなければ経済自体が動いていかないと思っています。(神津里季生氏との対談「働き方と社会保障の改革は「党派」を超えて」『新潮45』2016年5月号)

 賃金は、大企業だけあがればいいのではない。中小企業の賃金も上げるためには「取引関係の中で適正な取引をやっていただく」ことを要請しなければならないと言います。

 連合の神津会長は、いくつかの留保をしながらも「ものの考え方としては、加藤さんとの間で一致しているところも多々あると思いますよ」と認めています。

連合の神津里季生会長=2019年1月23日、東京都千代田区

消費税増税は一貫として

 一方、消費税については、一貫して10%への増税を主張しています。

 2009年には社会保障費の増加を支える財源として、消費税増税が不可避とし(「超党派協議の場を設置し財源も含めて真摯に議論を-加藤勝信氏(自民党厚生労働部会長)に聞く」『週刊社会保障』2009年11月2日号)、「スウェーデンのように各党が共通認識を持ち、議論していく必要があり、超党派で協議する場を早急に作るべきです」と民主党政権に呼びかけています。(「超党派協議の場を設置し財源も含めて真摯に議論を-加藤勝信氏(自民党厚生労働部会長)に聞く」『週刊社会保障』2009年11月2日号)

 2011年にも「消費税は当面10%」として、財源を確保すべきと明言。「消費税の議論から逃げては何も解決し得ないことは明らかです」と言い、民主党政権に消費税増税を迫っています。(「財源なくして高齢者医療の見直しなし」『週刊社会保障』2011年1月3日号)

 近年も基本的には10%への増税という主張は変わっていません。

 2018年1月には「「社会保障の充実」は、予定通り消費税率10%への引き上げによる増収分を活用して実施する考えに変わりありません」と明言しています。(「持続可能な社会保障制度へ 医療・介護は財源確保」『社会保障旬報』2018年1月11日号)

 消費税増税は、消費のブレーキとなり、景気に大きな打撃を与えます。消費の拡大を促進しながら、消費税増税にこだわる姿勢には、様々な異論があるでしょう。今年の10月の消費増税に向けて、詳細な説明が求められるでしょう。

「価値観」問題への政治スタンスを見せず

 以上、見てきたように、加藤さんの特徴は「リスクの社会化」というヴィジョンにあります。これらの政策については、自民党内で最も詳しい政治家の一人であり、具体的な実行の中核を担ってきた当事者でもあります。

 一方で、加藤さんのもう一つの特徴は、夫婦別姓やLGBTの権利問題、歴史認識問題などの価値観をめぐる政治課題について、ほとんど関心を示さない点にあります。

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