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中島岳志の「自民党を読む」(6)加藤勝信

安倍家と家族ぐるみ。安倍内閣で一気に出世。安倍的パターナリズムから脱却できるか

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

安倍内閣で一気に出世

 加藤さんは、当初すんなりと政治家になれたわけではありません。

 安倍晋太郎さんが亡くなった後、義父の六月さんが権力闘争に敗れ、自民党を離党。加藤勝信さんは1998年に参議院議員選挙に岡山県選挙区から出馬するのですが、無所属での出馬となり落選。さらに、2000年の衆議院議員総選挙に自由民主党から出馬したのですが、選挙区から出ることができず、比例中国ブロック単独7位で落選。8年間の浪人生活を送ることになりました。

 2003年の衆議院議員総選挙で、比例中国ブロック単独3位で自民党から出馬し、ようやく当選。六月さんが所属していた清和会(旧安倍派)ではなく、岡山選出の橋本龍太郎さんが会長を務める平成研究会(旧竹下派)に入会しました。

 2007年、第1次安倍改造内閣が発足すると、内閣府大臣政務官に抜擢されます。しかし、同年7月の参議院議員通常選挙で自民党が大敗。同年9月に安倍改造内閣が退陣し、福田内閣が発足しました。加藤さんは内閣府大臣政務官を留任となりますが、盟友の安倍晋三さんが失脚してしまったため、頼みの綱を失ってしまいます。

 加藤さんは、安倍内閣崩壊を機に設立された「創生『日本』」に加盟し、安倍さんを支えます。

 この会は「伝統・文化を守る」「疲弊した戦後システムを見直す」「国益を守り、国際社会で尊敬される国にする」という指針を掲げた右派議員集団で、当初は中川昭一さんが会長を務め、2009年から安倍晋三さんが会長に就任しました。加藤さんは事務局長を務め、安倍さんをサポートします。

 2012年9月の自由民主党総裁選挙では、安倍晋三さんの推薦人となり、復権に貢献します。その功績もあって、第2次安倍内閣では別の派閥に属しながら、内閣官房副長官に起用されます。2014年5月には、内閣人事局発足に伴って、初代の内閣人事局長に任命されました。

拡大参院予算委の前、安倍晋三首相、麻生太郎財務相、加藤勝信厚労相(右)=2018年3月5日

 加藤さんは、以前から行政機構のシビリアンコントロールの重要性を説いていました(「国民のための明瞭な仕事を行うことが重要」『時評』2008年1月号)。大蔵省出身で行政機構のあり方に精通している彼は、ここで能力を発揮します。官僚の人事を巧みに掌握し、官邸主導の政治運営を構築。官僚の「忖度」が、一気に加速します。

 ある財務省幹部は、次のように言っています。「加藤氏に官邸主導の人事を見せつけられ、無駄な抵抗は止めたほうがいいと悟った」(「「お友達」に官僚が斬れるか-加藤勝信一億総活躍担当相「アベノミクスの成否」握る」『THEMIS』2015年11月号)。

 2015年10月7日に発足した第3次安倍第1次改造内閣では、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)及び一億総活躍担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当、国土強靱化担当として初入閣を果たします。2016年8月には、新たに設けられた働き方改革の担当大臣を兼任します。

 2017年8月には厚生労働大臣に就任しますが、任期中に厚労省でデータ改竄問題が発覚し、国会が紛糾します。現在の厚労省不正統計問題に繋がる問題の矢面に立ちますが、辞任には至らず、大きなダメージを受けることを免れました。

 そして、2018年10月に自由民主党総務会長に就任。現在に至っています。

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筆者

中島岳志

中島岳志(なかじま・たけし) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究し、2002年に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)を出版。また、近代における日本とアジアの関わりを研究し、2005年『中村屋のボース』(白水社)を出版。大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。学術博士(地域研究)。著書に『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『パール判事』(白水社)、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『岩波茂雄』(岩波書店)、『アジア主義』(潮出版)、『下中彌三郎』(平凡社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『保守と立憲』(スタンドブックス)、『超国家主義』(筑摩書房)などがある。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

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