2019年02月02日
2018年12月20日の発生以来、1カ月以上にわたって激しい応酬が続いてきた日韓のレーダー照射問題。この余波で、防衛省は今春予定されていた海上自衛隊の護衛艦「いずも」の韓国派遣中止を検討している。韓国海軍は2月に予定していた幹部の海自基地訪問を延期した。
日韓双方の一部世論が非常に熱くなるなか、筆者が東京特派員を務める英軍事週刊誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』をはじめ、海外メディアはこの問題に当初からあまり関心を寄せていない。「ああ、また日韓がいつものように揉めている」と、国際社会の見方はどこか冷めている。
確かに、日本の防衛省の発表のごとく、韓国海軍の駆逐艦「広開土大王」が海自のP1哨戒機に射撃用の火器管制レーダー(Fire Control Radar, FCR)を照射したならば、現場レベルでは重大な出来事ではある。
FCRは、敵をミサイルや火砲で攻撃する射撃管制システム(Fire Control System, FCS)に情報を送る。それゆえ、FCRを哨戒機に向けることはとても挑発的だ。哨戒機搭載の火力警戒インジケーターが一気にバズられる(=騒ぎ立てられる)事態に陥ってしまうからだ。
ただし、防衛省が公表した海自哨戒機の乗員同士のやりとりでも、韓国軍の駆逐艦の砲は哨戒機に向いていなかったことがわかっている。軍事ジャーナリストの田岡俊次氏も2019年1月21日号のAREAで「『広開土大王』号が艦首の対空ミサイル16発入りの垂直発射機のハッチを開いていない以上、嫌がらせ程度に過ぎず、大局的に見て韓国海軍が日本の哨戒機を撃墜する危険が現実にある状況ではなかった」と指摘している。
例えば、アメリカ軍の準機関紙「星条旗新聞」(S&S)は、AP通信が配信した記事を2本掲載したものの、自前のスタッフライターが書いた記事は出していない。軍事専門の記者を多数抱えているにも関わらずである。
アメリカの軍事専門メディア、ディフェンスニュースも12月26日にIs ‘radar feud’ sign of future military confrontation between South Korea and Japan?(レーダー問題は将来の日韓軍事衝突の兆しか)の見出しで、スタッフライターが書いた記事を1本掲載しただけ。イギリスの防衛・航空メディアのシェファードも12月21日にフランスの通信社AFPが配信した記事を掲載しただけで、自前のスタッフライターが書いた記事は載せていない。
軍事ニュース専門メディアだけではない。一般ニュースメディアの関心も低い。
筆者は2019年1月30日、在京の海外メディアの特派員が集う公益財団法人フォーリン・プレスセンター(FPCJ)の賀詞交歓会に参加し、なぜ日韓のレーダー照射問題にこれほどまでに海外メディアが関心を抱いていないのか、アメリカ紙のUSAトゥデイや、ドイツ紙の南ドイツ新聞、スイス国営放送SRFの東京特派員らに直接聞いてみた。
アメリカの別の大手メディアに務める東京支局長は、会社の許可が必要になるため、実名でのコメント引用を許してくれなかったものの、匿名を条件に次のように語った。
「日本と中国のもめ事なら外国メディアの興味をひくが、日本と韓国がいざ戦うとは誰も思っていない。なので、外国メディアの関心は低い」
他の外国人記者たちもこの見方に大いに賛同していた。
確かに、日本と韓国はともにアメリカと軍事同盟を結んでおり、準同盟国の関係にある。いざ第2次朝鮮戦争が始まれば、朝鮮国連軍後方司令部のある横田基地をはじめ、横須賀や嘉手納など在日米軍基地7カ所が朝鮮国連軍地位協定に基づき、使用される。
日韓はまた、2016年11月には防衛上の秘密情報を共有するためのルールとなる「日韓秘密軍事情報保護協定」(GSOMIA)も締結した。こんな軍事的にも結びつきが強い日韓がどんなに揉めようとも、軍事衝突に至るとは外国メディアは誰も考えていない。つまり、外国メディアにとって、日韓のレーダー照射問題はニュースバリューが低いのだ。
TBS番組の「ひるおび!」も1月8日、軍事専門家でロンドン大学のアレッシオ・パタラーノ博士の「イギリスメディアはこの問題を全く報じていない。アメリカでもあまり関心がないのでは」とするコメントを紹介していた。
なお、今回の日韓の軋轢(あつれき)で、もっとも漁夫の利を得ているのは、日米韓の統一戦線が崩れれば得をする北朝鮮や中国だ。
その一方で、筆者のように、在日米軍にとって代わって自衛隊が防衛力を強め、日本独自の外交力強化すべきだと考えている「対米自立派」にとっては、好ましい事態ではない。日韓の軋轢が深まれば、アメリカ抜きの北東アジアの安全保障はますます考えられなくなり、米軍プレゼンスの必要性がぐっと高まる。その結果、沖縄の海兵隊や横田基地をはじめとする在日米軍の存在価値も高まり、将来的に、日本の自主防衛や対米自立への道がますます閉ざされることになる。
仮に韓国が火器管制レーダーを哨戒機に照射していたならば、非を負うのはもちろん韓国だ。しかし、筆者は日韓相互による事実確認の最中、2018年12月28日に防衛省が動画を公開したことで、この問題を一気に「政治マター」にしたことも大きいと思っている。
今回の動画公開の背景には、民主党政権時代の2010年11月、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突する動画が拡散され、菅直人政権が痛手を負った「前例」の教訓があると私は見ている。この時は、菅政権の対応に怒り、義憤に駆られた海上保安庁職員が動画を流出した。今回のレーダー照射問題では、安倍首相率いる官邸や防衛省が、海自の現場の怒りや義憤を消すため、菅政権の二の舞にならないよう、動画公表に踏み切った可能性がある。
レーダー照射問題発生から7日後の12月27日に、日韓の防衛当局者の間でテレビ会議が行われた。テレビ朝日の報道によると、この場で防衛省はレーダー照射の証拠として、韓国駆逐艦からのレーダーの指紋とも言える周波数特性のデータの存在を明らかにした。これに対し、韓国側がその生データの開示を求めたため、防衛省は相互主義に基づき、韓国にもデータの開示を迫った。ところが、韓国は軍事機密を理由に拒否。このため、防衛省が翌28日に哨戒機撮影の動画を公開に踏み切ったという。
だが、軍隊とは本来、自らは表に出ないで、地味な任務を遂行する「黒子」であるべきものだ。韓国も日本も、こんなに「軍」を前面に押し出して、いったいどうしようというのか。軍が前面に出ると、どうしても過度にナショナリズムが煽られてしまうリスクがある。
ディベートで言えば、目の前の相手を倒そうとカッとなるばかりで、審判となる日韓以外の第3国のオーディエンスの目を忘れている。あるいは、プロレスで言えば、本来は観客に見せるためのエンターテイメントでもあるプロレスのリングで、レスラーが観客やレフリーそっちのけで血眼になって取っ組み合っているように映ってしまう。
少なくとも防衛省は「大人の対応」を取り、韓国国防省と同レベルまで水準を下げ、チキンレースのように対峙(たいじ)を続ける必要はない。
米海兵隊の元大佐で、日本戦略研究フォーラムのグラント・ニューシャム上席研究員は筆者の取材に、日韓の一連の対応を見て、
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