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明石市長の暴言問題はどこまで許されるか?

時代とともに変わる理想的な首長像。「星一徹」的リーダーから合理的リーダーへ

米山隆一 前新潟県知事。弁護士・医学博士

暴言はモチベーションを上げない

 次に、市長の熱意を実現するために罵倒は必要でもなかったとしても、それでも市長の言葉によって職員のモチベーションが上がり、より一層意欲をもって職務に取り組むようになったなら、それはそれで有効であったということにはなりえますが、この罵倒はモチベーションの向上に有効だったでしょうか?

 残念ながら、当初報道されていた、もろに暴言の部分のみではなく、「人が死んだからでしょう?」という理由の部分や、「しんどい仕事なんだ」という語りかけの部分を含めて全部聞いたとしても、私にはこの暴言が、職員のモチベーションを上げるようなものであったようには聞こえません。

 「火をつけろ」「自費で賠償しろ」といわれた職員は、恐らくその理不尽に困惑し、やる気の何割かをそがれたでしょうし、直ちに買収するとは言っても相手のあることで、どの程度まで相手の事情を斟酌(しんしゃく)していいのか、困惑もしたでしょう。また、それを実行できない正当な理由があった場合に説明に困ったでしょう。

 要するにこの暴言は、職員のやる気を向上させるという意味でも、より良い市政を実現するという意味でも、まったく有効ではなかったと思われます。

買収が行われなかったのは市長の責任

チームを引っ張り目標を達成させるのはリーダーだ(Ilyafs/shutterstock)拡大チームを引っ張り目標を達成させるのはリーダーだ(Ilyafs/shutterstock)
 上記の通り、必要でも有効でもなかったとしても、罵倒それ自体が適切なら、批判されるいわれはないわけですが、果たしてこの暴言は適切だったでしょうか?

 まずもって、言葉が過ぎて不適切だということは論を待ちませんが、仮にそれがなければ、職務怠慢の職員を叱り飛ばすことは、溜飲(りゅういん)が下がり適切だというのは、第三者から見れば、ありうる感覚かもしれません。

 しかし先述した通り、市長は市の行政の最終的命令権者にして人事権者、つまり市の行政の最終責任者です。もし市長の言う通り、7年間買収が行われずに放置されてきたのなら、その責任は最終的にはその間、市長を務めていた氏自身にあります。第三者ならいざ知らず、自らが最終的な責任者である市長が、部下を叱り飛ばして溜飲を下げるのは、まったく適切ではありません。

 繰り返しますが、市長の暴言は、恐らく、より良い市政を実現したいという熱い動機から発せられたものでしょう。しかし、熱い気持ちを持っているということなら、それを持っている人は決して少なくありません。そして熱い気持ちを実現するのに、暴言を使っていいなら、それを実現できる人も何人かはいるでしょう。

 そうではなく、普通の、しかし適切な心に響く言葉を使って、自らの理想を職員と共有し、それを実現する方法を共に考え、それを実現できる人を配置するのが、リーダーとしての首長の役割であり、リーダーとしての首長に求められる「指導力」だと私は思います。

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筆者

米山隆一

米山隆一(よねやま・りゅういち) 前新潟県知事。弁護士・医学博士

1967年生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学系研究科単位取得退学 (2003年医学博士)。独立行政法人放射線医学総合研究所勤務 、ハーバード大学附属マサチューセッツ総合病院研究員、 東京大学先端科学技術研究センター医療政策人材養成講座特任講師、最高裁判所司法修習生、医療法人社団太陽会理事長などを経て、2016年に新潟県知事選に当選。18年4月までつとめる。2012年から弁護士法人おおたか総合法律事務所代表弁護士。

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