沖縄県の大学生を対象にした「実験的調査」が示した選択肢のからくり
2019年02月13日
2019年沖縄県民投票(2月24日実施)は、沖縄県議会で 2018年10月26日に可決された辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例(以下、県民投票条例)、ならびに2019年1月29日に可決された辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例の一部を改正する条例(条例第1号)(以下、改正条例)のもとで実施される。
今回の県民投票には様々な論点がある。
たとえば、辺野古埋立てに関する権限をもつのは沖縄県知事であり、沖縄県民ではない。選択の対象を沖縄県知事の権限に限定しても、県民投票の結果が法的拘束力を持つことはない。そのような県民投票にいかなる意義があるのだろうか。あるいは、一部の市が県民投票の事務処理に関する予算を支出しない方針をとったことを受けて、当初二択であった選択肢が三択になった。正規の手続を経た県議会の決定を市町村が覆すことが認められるのか。これらの論点は、どれも県民投票の根幹にかかわるものである。
ただし、本稿ではこれらの是非そのものを論じることはしない。そうではなく、県民投票条例の制定および改正のプロセスに注目してみたい。有権者から直接請求された県民投票条例の実施を選択したのは、沖縄県の政治家である。県民投票による有権者の選択に先駆けて、沖縄県の政治家が今回、どのような選択をしたのかを整理しておく必要がある。
政治について自由に語り、政治に参加することは、現代を生きる一人ひとりがもつ権利である。日本国憲法も、集会・結社・表現の自由(第21条第1項)、選挙権(第15条第1項)、被選挙権(第44条)といった、政治に関する権利を定めている。憲法による保障のもとで、有権者は政治に参加し、政治家は選挙に立候補する。
とはいえ、これらの権利は憲法を制定するだけでは実現されない。選挙を例に考えてみたい。
第一に、選挙は具体的な制度構築を必要とする。投票や立候補は、公職選挙法など関連法令を国が整備し、その実務を自治体の選挙管理委員会が担うことによって初めて可能になる。第二に、選択肢が存在しなければ有権者は投票することができない。たとえば、都道府県知事や市区町村長の選挙において、立候補者が一人しかいない場合、有権者は投票することができない。
このように、具体的な制度構築や選択肢のあり方は、政治に関する権利の実現を左右する。住民投票も同じである。
たとえば、地方自治法第74条が定める直接請求制度に基づいて住民投票条例の制定が請求された場合、条例を議会に提案するのは都道府県知事や市区町村長であり、審議するのは都道府県議会や市区町村議会である。請求された条例をそのまま可決するか、修正して可決するか、否決するかは、政治家の判断に委ねられている。言い換えれば、政治家は判断の理由を住民に対して説明する政治的な責務を負っている。
2019年の沖縄県民投票条例は、地方自治法第74条が定める直接請求制度に基づいて請求されたものである。沖縄県ウェブサイトの県民投票条例制定までの経緯によれば、署名は2018年5月23日から7月23日までの2カ月間に集められた。9月5日には9万2848筆の署名簿と条例制定請求書が、知事職務代理者である副知事に提出された。
9月20日(注:2018年沖縄県知事選の10日前)、知事職務代理者である副知事は「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例」案を議会に提出した。10月24日、県議会の米軍基地関係特別委員会が県民投票条例案を可決し、総務企画委員会が一般会計補正予算案を可決した。2日後の10月26日の本会議で県民投票条例案は可決された。
県民投票条例第13条は「……知事の事務のうち、投票資格者名簿の調製、投票及び開票の実施その他の規則で定めるものは、地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の17の2の規定により、市町村が処理すること」と定めている。この事務を市町村が処理する際は、県が支出する経費を市町村として支出することになる。
しかし、県内41市町村のうち5市が支出しない方針をとった。理由の一つは、選択肢が「賛成」「反対」しかないことであった。県議会は選択肢を「どちらでもない」を加えた三択とする改正条例案を可決し、支出しない方針をとっていた5市は予算支出を決めた。
それに対して改正条例案の審議では、議案等に対する議員の賛否の状況(1月29日議決分)によれば、10月に賛成した26名に加えて、公明党(4名)と維新の会(2名)の全員と、沖縄・自民党の4名が賛成した。全会一致とはならなかったものの、「どちらでもない」という選択肢を加えることによって、10月よりも多くの議員が賛成し、全県実施が可能となった。
選択肢が「賛成」「反対」の二択から、「どちらでもない」を加えた三択に変わったことに対しては、様々な意見があるだろう。本稿で注目したいのは、選択肢の提示方法が有権者の選択に及ぼす影響である。筆者がおこなった調査の結果をもとに考えていきたい。
マスメディアの世論調査をはじめとして、アンケート調査における回答者の選択は、回答者自身の属性や意識だけでなく、質問文や選択肢の提示方法からも影響も受ける。これは住民投票においても同様と考えられる。
しかし、特定の地点と時点でおこなわれる住民投票は一つしか存在しないため、質問文や選択肢が回答者にどのような影響を与えるか、観察することはできない。たとえば1996年の沖縄県民投票は、「日米地位協定の見直しおよび本県に存する米軍基地の整理縮小」に対して、「賛成」「反対」の二択で答えるものであった。質問文や選択肢が異なるものだった場合の結果を観察することはできない。
選択の対象とした争点は、「辺野古米軍基地建設のための埋立てについて」である。これは、調査回答フォームの確定時点(2019年1月23日)で沖縄県民投票公式ウェブサイトに掲載されていた「投票用紙イメージ」の文言である。ちなみに、本稿執筆時点(2019年2月9日)では「普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋立てについて」に変わっている。
調査では、協力に同意した512名をランダムに3つにふりわけ、それぞれ別の選択肢で回答してもらった。「賛成」「反対」の「二択群」、「賛成」「反対」「どちらでもない」の「三択群」、「容認」「反対」の「容認反対群」である。計画サンプル数は合計525人(各群175人)、実際の回答者数は二択群199人、三択群157人、容認反対群156人であった。
調査から得られた知見は3つある。
第一に、「賛成」「反対」「どちらでもない」の三択である場合、「賛成」「反対」の二択である場合に比べて、埋立肯定(賛成)の割合はほとんど変動せず、埋立否定(反対)のみが減少しやすい。今回の大学生調査では埋立否定(反対)が23.7ポイント減少した。
第二に、「容認」「反対」の二択である場合、「賛成」「反対」の二択である場合に比べて、埋立肯定(賛成/容認)が増加しやすく、埋立否定(反対)が減少しやすい。今回の大学生調査では埋立肯定が10.2ポイント増加し、埋立否定が9.3ポイント減少した。
第三に、「賛成」「反対」の二択である場合に比べて、「どちらでもない」を加えた三択の場合も、賛成に替えて「容認」という表現を用いた場合も、白票の割合は変化しない。今回の大学生調査での白票割合は、二択群1.5%、三択群0.6%、容認反対群0.6%であった。
しかし、今回の調査への協力を申し出た政治学系科目の受講生は、組織化されていない若年層である一方、相対的に政治関心が強く、知識が多く、争点に対する態度が強い層と考えられる。この層で選択肢の効果が観察されたことは、同じような特徴をもつ有権者においても同様の現象が生じ得ることを示唆している。
それゆえに、県民投票条例の選択肢を変更した沖縄の政治家の判断は重い。
有権者から直接請求された県民投票条例を、技術的な修正を施して県議会に提案したのは沖縄県知事(提出時は職務代理者である副知事)であり、条例案を可決して実施を決定したのは沖縄県議会である。いったんは可決し、実施準備の進んでいた条例を、改正したのはなぜか。条例改正時のような会派間調整を10月の条例制定時にできなかったのはなぜか。こうした疑問に答える政治的な責務が沖縄の政治家にはあると、筆者は考えている。
県民投票をめぐる沖縄の政治家の選択について、以上の検討から指摘できるのは次の2点である。
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