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英国よりエスタブリッシュメントの餌食になる日本

新自由主義の波に呑み込まれた英国。その背中を日本はひたすら追いかけている

白波瀬 達也 桃山学院大学社会学部准教授

エスタブリッシュメントとは誰か

 ジョーンズはエスタブリッシュメントには多様な見解があるとしながらも非難の意味合いが含まれていると指摘している。そしてエスタブリッシュメントを「成人のほぼ全員が選挙権を持つ民主制において、自分たちの地位を守らなければならない有力者の集団」(7頁)と定義している。

 では、エスタブリッシュメントはどのような人々で構成されるのか。

 ジョーンズは法律を制定する政治家、議論の下地を作るメディアの大物、経済を動かす企業や金融業者、強者に有利な法律を執行する警察機関を例に挙げている。彼らは社会の頂点に立つ人々が権力と増えつづける富を所有するのには、正当な理由があると認識する点で共通している。

 「私にはその価値があるから」。この印象的なフレーズに聞き覚えはないだろうか。そう、化粧品ブランドとして知られるロレアルの宣伝文句だ(英語ではBecause I’m worth it)。これがエスタブリッシュメントのメンタリティを象徴するキーワードとして本書で何度も使われている。

 つまり「私にはその価値があるから」、臆面もなく政治家が経費をごまかしたり、企業が租税回避したりするのである。

権力者へ向かうべき怒りが弱者に転嫁されるメカニズム

 ジョーンズはエスタブリッシュメントを徹底的に批判するが、社会的地位の高い人々すべてをターゲットにするほど横暴ではない。彼が敵視しているのは新自由主義を信奉するエスタブリッシュメントだ。

 ジョーンズは現代のエスタブリッシュメントが国家を忌み嫌いながら、国家に依存して繁栄しているにもかかわらず、彼らに対する社会の監視は充分ではないと嘆く。

 権力者の不正・不道徳に目を光らせるのがメディアの仕事だが、イギリスのメディア自体がエスタブリッシュメントの主要な一部となっている。その結果、権力者へ向かうべき怒りが、弱い立場の人々に向かいやすくなっているのだ。

 ジョーンズの以下の指摘は傾聴に値する。

イギリスのエスタブリッシュメントのなかで、メディアは重要な役割を果たす。攻撃の矛先を社会の最下層に向ければ、頂点にいる富裕層や権力エリートへの監視の目をそらせるからだ。(110頁)

 では、なぜこのような「共犯関係」が生み出されてしまうのか。

 ジョーンズはメディア、とりわけ新聞の論調がエスタブリッシュメントの意向と符合しやすい理由として、ジャーナリストの出自の特殊性を指摘する。イギリスの新聞社に勤めるジャーナリストになるためには多くの場合、無報酬のインターン制度を経る必要があり、修士号も有していなければならない。要は裕福な環境の者が選ばれやすい構造になっているのだ。

 こうした傾向は公共放送のBBC(英国放送協会)も例外ではない。ジョーンズは「BBCはあくまでも親ビジネス、右派寄りの放送局であり、エスタブリッシュメント思想のプラットフォームとして機能している」(152頁)と舌鋒鋭く批判。BBCがセクシュアリティやジェンダーの問題ではリベラルな立場をとる一方、新自由主義経済を深く支持していると看破している。

 この指摘を日本の公共放送と置き換えてみるとどうだろうか。似たような傾向があると思うのは筆者だけではないだろう。

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筆者

白波瀬 達也

白波瀬 達也(しらはせ・たつや) 桃山学院大学社会学部准教授

1979年生まれ。関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。社会学博士。 日本のホームレス問題、貧困問題に関する調査研究に従事。あいりん地区(釜ヶ崎)のフィールドワークを進める傍ら、2006年から大阪市西成区の地域福祉施設にてソーシャルワークの仕事に従事。 大阪市立大学都市研究プラザ特別研究員、関西学院大学社会学部准教授を経て、2018年度から現職。主著に『貧困と地域 ーあいりん地区から見る高齢化と孤立死』(2017年、中公新書)