全国トップ135億円。破綻寸前から復活。泉佐野市に共感が集まることはなかろうが…
2019年02月18日
ふるさと納税の返礼品を寄付額の3割以下に。返礼品は地場産品に限る――。
政府が2月8日、こんな地方税法改正案を閣議決定した。高額の返礼品を出し続け寄付額が突出する大阪府泉佐野市などいくつかの市町村を標的にしたものだ。
「良識ある対応を」(菅義偉・官房長官)、「身勝手な考えだ」(石田真敏・総務相)と非難が続くなかでの国の強硬措置。この喧嘩自体は国がいったん勝つのだろうが、そもそも、住民税の徴収という人為的な仕組みに恣意的な制度と基準を設け、それまで奨励してきた「自治体の努力」に、またまた根拠の薄弱なブレーキをかける政府の方が理屈として成り立たない。
法改正という強制力で黙らせようとする違和感に加え、今回の騒動は国と地方のバトルが形を変えて延々と続く素地も露呈させてしまった。
「総務省ふるさと納税ポータルサイト」をのぞくと、2018年12月27日付の「トピックス」に、一種、不気味な表がある。
「ふるさと納税に係る返礼品の送付状況について」というタイトルで、「返礼割合実質3割超の返礼品を送付している団体」52団体と「地場産品以外の返礼品を送付している団体」100団体がずらりと並んでいる。
以前の調査結果に加え、その後の調査で新たに「判明」した市区町村は、赤字だったり下線が引かれたりしている。コメントがないので、これだけ見ても総務省が何をいいたいのか分からない。
この「送付状況」には、なぜ「3割」なのか、その意味も、赤字の市町村がどれほど悪いのかも明記されていない。その前後の政府幹部発言や、冒頭の閣議決定という流れを踏まえて、やっと真意が分かるような仕組みになっているのだ。つまり「国の言うことを聞かない要注意自治体だ」と。
2008年に導入されたふるさと納税は、かつて育った地方や、自分の思い入れのある場所へ寄付すれば、一定割合で所得税・住民税から控除される制度だ。寄付文化を根付かせることを目的としつつ寄付する側も損をしないという、画期的なものだった。
「住んでいる場所のサービスの対価として住民税を払う」という常識を覆す、税制度の連続性・秩序にこだわる日本の行政としても大胆な発想だった。人口の大都市集中と、その反作用で痩せ細る地方財政の一助になる、と当時の総務相、菅・現官房長官が率先して推進したものだった。
制度が始まった2008年の実績は利用者3万人、寄付総額72.5億円だったのが、2017年は296万人、寄付額3482億円まで膨らんだ。所得税・住民税の控除額は2448億円に上った。対前年比でそれぞれ1.3倍という高い伸び率は、ふるさと納税の認知度の高まりと定着を示している。
寄付額に対する返礼品の額は「還元率」と呼ばれ、専門のサイトも多い。たとえば1万円寄付して3000円分の米がもらえるとすれば還元率3割となる。牛肉、魚介類、家電など分野別に自治体の高還元率ランキングが並ぶサイトも人気だ。
そのなかで泉佐野市がにらまれた理由は二つある。高還元率が目立つこと。しかも、地場産品ではない「商品」を多く扱っている点だ。
ビールはアサヒ、キリン、サントリー、クラフトビールも取りそろえる。たとえば1万円の寄付で350㍉リットル缶1ケース(24本)が返礼品として送られてくる。地元・関西国際空港を拠点とするピーチ・アビエーションを利用できるポイントも用意した。返礼品は1000種類を超す。その結果、泉佐野市は2017年度、全国トップの135億円の寄付を集めた。
ふるさと納税と泉佐野市の歩みを重ね合わせた時、今回の騒動は起こるべくして起きたものともいえる。泉佐野市は、ふるさと納税のおかげで破綻寸前から息を吹き返したからだ。
関西国際空港開港に伴う公共施設整備などが負担となり、泉佐野市は2008年度決算で、破綻寸前の「財政健全化団体」に指定される。その後、市の命名権を企業に売る「ネーミング・ライツ」を試みたり、犬の買い主から税金を取る「犬税」の導入を検討したりするなど、奇抜というか、切羽詰まった財政再建を試みたことがあった。その一つとして注目したのがふるさと納税の活用だった。
最初は、地場の泉州タオルぐらいしか返礼品がなかったが、種類を拡大し、数十の自治体と「特産品相互取扱協定」を結んで、お互いの地場産品を紹介し合うシステムを作った。新潟県小千谷市や茨城県行方市などと全国的に交流を進めた。その結果、2013年度決算で健全化計画を達成した。人件費の抑制や遊休地売却などが主体だが、ふるさと納税も財政好転に貢献した項目に挙げられた。さらに「今後の財政の運営方針」でも、将来の収入確保の手段として「ふるさと応援寄付金制度の拡充」が明記された。
政府もふるさと納税の拡大を目指し、後押ししてきた。
2015年度の税制改正で、税控除される枠をそれまでの約2倍まで引き上げた。さらに、寄付先が5カ所以内であれば、確定申告をしなくても税控除される、手軽さを目指した「ワンストップ特例制度」も導入された。
その中で、返礼品について「3割基準」が浮上したのは2017年になってからだ。
ふるさと納税は、泉佐野市にとって、アイデアを絞ったあげくにやっと成功した市政であり、ほかの自治体がついてこなかったため「出る杭」になり打たれてしまった。
千代松大耕市長は、政府の締め付けに対して、2018年9月、コメントで「総務省が独断で決めるものではなく、幅広く議論すべきだ」と反論した。ただ同市は、「法のルールには従う」とも言っている。今年6月以降、違法な自治体への寄付は控除の対象にならないという「制裁」が加えられるが、泉佐野市は、6月以降は還元率を圧縮するようだ。
2019年2月から、同市は「100億円還元」と称してアマゾンギフト券を10%と20%の2種類で還元する作戦に出た。同市のふるさと納税特設サイトは、つながりにくい状態が続いている。実際に試算してみると、これまでの泉佐野市の高還元率を考えると、特に高額なことはなく、ギフト券の分、品物の還元率が低く抑えられているものもある。「金券のたぐいはやめろ」と国が言っているさなかにギフト券をつける、というのが刺激的、挑戦的なのだ。
所得税や住民税の率は国策による政策で成り立っているもので、その内訳をどう払うか、どの程度の割合をふるさと納税の「限度」とするかも政策で成り立っている。それは国民を代表する各界の有識者や政党が協議して、負担を感じないように、公平感のあるように、財政に寄与するように、ぎりぎりの線引きをしてきた。
ふるさと納税の場合、制度設計の段階で将来予測が甘かったと言わざるを得ない。ふたを開けてみたら、自治体同士は必死にアイデア勝負を始めた。今では返礼品に「空き家管理」(岐阜県可児市)、「いなり寿司のキャラクター出張訪問」(愛知県豊川市)、「高齢者の見守り」(宮城県涌谷町)、「野良猫の不妊去勢」(静岡県御殿場町のクラウドファンディング)と、果たして返礼品という範疇なのか分からないようなアイデアが次々と登場している。
今回の泉佐野市と国をめぐる騒動は、泉佐野市に共感が集まることはないだろう。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください