フランス政府を後ろ盾に登場したエリート。ルノーとの経営統合に日産はどう闘うか
2019年02月21日
カルロス・ゴーンの後任、ルノーのジャン=ドミニック・スナール新会長が2月中旬、来日した。「穏健資本主義」を標榜しながら、タイヤ大手ミシュランの社長時代には多数のリストラや工場閉鎖を敢行するなど、フランスでは“カッター・ゴーン”以上の手ごわい経営者との評判もある。しかも、マクロン大統領が経営手腕を絶賛するなど、フランス政府という強硬な後ろ盾がある。
日産は抵抗しているが、ゴーン同様に日産の会長職兼務を狙っているほか、日産・ルノーの経営統合も視野に入れているといわれる。
長身痩躯。伯爵の称号を持ち、父親のジャック・スナールはエジプトやオランダ、イタリアで大使を務めた大物外交官。100歳で健在だ。母親も侯爵家の出身と毛並は抜群。南仏には一家に伝わる城があり、ブドウ畑(18㌶)では自家製赤ワインも製造しているワイン通だ。経営者養成のエリート校、高等商業学校(HEC)卒。愛読書は英オックスフォード大学教授ペーター・フランコパンの「絹の新しい道」。
要するに、ゴーンとは肌合いの異なる仏の伝統的なエリートである。
日産はルノーとの経営統合には強く反発しているが、ルノーは日産に43%を出資しており、議決権を持つ。日産のルノーへの出資は15%で議決権も持たない。日産としてはルノーとのアライアンスの関係は維持しながらも、なんとかルノーの影響力を削ぎたいところだ。ゴーン逮捕、解任の真意として、ルノーの統合要求を退けるためとの指摘があるゆえんだが、日産はどこまで抵抗できるか。
スナール来日に先立ち、1月中旬に“先遣隊”としてやってきたのが、ルノーの役員のマルタン・ヴィアル(65)だ。ただ、役員はむしろ口実で、実際は仏国家出資分担局(APE)の理事長としての来日だ。ルメール経済相の官房長エマニュエル・ムーランを従え、48時間の滞在中に日産の首脳陣はもとより、日本政府関係者とも会談した。
ヴィアルは、APEのトップとして経済面での国際間の商業契約などの場合には、フランス代表として必ず登場する。そのためフランス国内では、“フランス国家の秘密兵器”とも呼ばれている。2017年3月21日にエリゼ宮(フランス大統領府)でのマクロン大統領、安倍晋三首相による日仏首脳会談後に調印された、三菱重工によるフランス原子力産業大手のアレバグループ新会社への増資に関する確認書簡にも、ヴィアルはフランス側の代表として署名している。
この春に民営化が予定されていたシャルル・ドゴール国際空港の経営会社パリ空港(ADP)の完全民営化が1年延期されたのも、ヴィアルが民営化の時期として、「市場が極めて不安定だ」と反対したからといわれるほど、その影響力は絶大だ。マクロンとも個人的にも近く、夫人は国防相のフローランス・パルリだ。
ゴーンとは外見も出自も異なるスナールだが、二人に共通する点もある。ミシュランで発揮した経営手腕をかわれ、ルノーに引き抜かれた点である。
両親がレバノン人のゴーンは、フェニキア商人の“末裔”として、エリート商業学校の高等商業学校(HEC)を目指したが、数学の成績が抜群に良かったころから、教師の勧めで理数科系のエリート校である理工科学校(ポリテクニック)と、同校の上位数人が進学する高等鉱山学校(MINE)を卒業した。一方、スナールはHECに進学。卒業後、石油大手トタルや建築資材大手サンゴバンなどを経てミシュランに入り、一貫して財政部門を担当した。
スナール自身は利潤追求型ではない。むしろ、「穏健資本主義」や「責任ある資本主義」を主張し、「各自が自分の役割や権利、義務を自覚するべきだ」が口癖だ。昨年3月には、二大労組のひとつ仏民主労働総同盟(CFDT)の元代表ニコル・ノッタとの共同レポート「企業、集団的利益」をルメール経済相に提出し、企業は「社会問題や環境問題を考慮に入れるという社会的目的」を取り込みながら、利潤を追求すべきだと提言した。
スナールのミシュランでの功績を高く評価していたマクロンは昨年1月にミシュランの本拠地、仏中部クレモン・フェランを訪問。「ミシュランは企業の完璧な手本だ。偉大なるメーカー企業であると同時に、社会的対話や社員養成でも成功している」と絶賛した。レポート提出も大統領訪問がきっかけだったと指摘されている。
だが、その一方でスナールは、ゴーンそこのけのリストラもミシュランで実施している。970人の希望退職者を募ったほか、スコットランドにある工場(従業員数845人)の閉鎖も発表した。労組の中には、スナールの「二枚舌」を非難する声もある。
失敗もしている。ミシュランに移る前のアルミ大手ペシネーでは、財政担当者として再建に失敗し、カナダのアルミ大手アルカンに株式公開買い付け(TOB)で、敵対的企業買収の憂き目にあった。それがトラウマになって、ミシュランでの過酷なリストラに繋(つな)がったとの見方もある。
野心家でもある。ミシュランでの社長任期の終了後の仕事として、フランス版経団連である「仏企業運動」(MEDEF)の次期会長を狙った。ところがガッタ前会長の任期が切れた2018年夏の時点でスナールは65歳。MEDEFの会長職の条件は65歳未満。条件変更を画策したが、結局、涙を飲んだ。次の一手を探しているところに舞い込んだのがルノーの会長職だった。
スナールの父親が、駐オランダ大使時代の1974年9月に遭遇したのが、日本赤軍によるハーグの仏大使館の占拠事件だ。この時は大使以下10人が人質になり、5日間の占拠のうち60時間は飲食物なしの過酷な条件下に置かれた。
それゆえに、息子が「日本に対して特別な感情を持っているのでは」との懸念が日本の一部にあるが、フランスでは、ハーグ事件は日本赤軍より、むしろ国際的極左テロリストとして名高いカルロスによる事件と受け止められてる。カルロス(本名イリイチ・ラミレス・サンチェス、ベネズエラ人。74~84年に起きた14件のテロの首謀者。94年に逮捕され、パリのサンテ刑務所で服役中)が79年に犯行声明を出し、日本赤軍を支援したことを明らかにしたからだ。
くわえて、事件は仏大使館、つまりフランス国家が標的で大使が個人的に標的になったわけではないので、「日本人にヒドイ目にあったからと、それを個人的に恨みに思うということはないはず」(仏記者)との認識だ。
フランス政府を後ろ盾にしたスナールは今後、日産相手にどんな交渉術を展開するのか。
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