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ノーベル平和賞は、政治家でなく草の根の運動家に

安倍首相がトランプ大統領を推薦したのは誤ったメッセージを世界に発することになる

登 誠一郎 元内閣外政審議室長

受賞そのものが目的となる恐れ

拡大ホワイトハウスで会見するトランプ米大統領=2019年2月15日、ワシントン
 実は私は、昨年11月1日付の朝日新聞オピニオン欄「私の視点」に「ノーベル平和賞は草の根から貢献した人に」と題する一文を掲載した。この記事と安倍首相が本件推薦状をノーベル委員会に送ったという日付の前後関係は明らかではないが、内容的には極めて関係が深いので、この記事を以下に再掲する。

 今年のノーベル平和賞に、紛争下の性暴力根絶に努めた医師と活動家が選ばれたことは、真に平和賞にふさわしいと喜びたい。
 ロンドンのブックメーカーで事前の評判が最も高かったのが、韓国の文在寅大統領、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長、そしてトランプ米大統領だったことには、がくぜんとさせられた。そもそも6月の米朝首脳による共同声明は、朝鮮半島を非核化する時期やその検証方法など、決定的に重要な事柄に言及がない極めて内容の薄い合意だった。
 これはトランプ大統領による妥協と受け取られているが、その理由の一つは、史上初の米朝首脳会談を成功させたという業績を作り、ノーベル平和賞の受賞と中間選挙の勝利を経て、大統領再選に弾みをつけることだと取りざたされていた。米朝首脳会談が開かれたシンガポールから帰国したトランプ大統領を迎えた支持者たちが「ノーベル、ノーベル」と連呼する姿は異様だった。
 自然科学系の分野と異なり、ノーベル平和賞、文学賞、経済学賞は、業績の評価に客観性をもたせることが容易ではない。特に平和賞は基準が必ずしも明確でなく、授賞の妥当性が後に大きく問題とされたケースは少なくない。国際紛争の平和的解決が授賞理由なのに、後にその平和が崩壊したり、平和構築に本当に貢献したのか疑問を呈されたりすることもあった。
 1973年には、ベトナム戦争を終結させたパリ和平協定を理由に、米国のキッシンジャー氏と北ベトナム(当時)のレ・ドク・ト氏が平和賞に選ばれたが、レ・ドク・ト氏はまだ平和は達成されていないとして辞退。その後、パリ協定を破って南に侵攻してベトナムを統一した。
 94年には、イスラエルのラビン首相、ペレス外相、パレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長がパレスチナ和平合意の功績で選ばれたが、その後の中東情勢は平和どころかますます混沌としている。佐藤栄作首相は非核三原則を提唱し、オバマ米大統領は「核なき世界」を呼びかけたが、それ自体がどれだけ世界平和に貢献したのかは疑問なしとしない。
 政治家は国際平和に努めることが当然に求められている。しかしそれが授賞理由になると、ノーベル賞そのものを目的とした近視眼的な行動に走らせる恐れがある。
 これを避けるには、平和賞は政治家を除くという明確な基準を設けるべきではないか。シュバイツァー、マーティン・ルーサー・キング、マザー・テレサといった流れを受け継いで、草の根の立場から平和に貢献した人に贈られるべきだ。

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筆者

登 誠一郎

登 誠一郎(のぼる・せいいちろう) 元内閣外政審議室長

兵庫県出身。東京大学法学部卒業後、外務省入省(1965)、駐米公使(1990)、ロサンジェルス総領事(1994)、外務省中近東アフリカ局長(1996)、内閣外政審議室長(1998)、ジュネーブ軍縮大使(2000)、OECD大使(2002)を歴任後、2005年に退官。以後、インバウンド分野にて活動。日本政府観光局理事を経て、現在、日本コングレス・コンベンション・ビューロー副会長、安保政策研究会理事。外交問題および観光分野に関して、朝日新聞「私の視点」、毎日新聞「発言」その他複数のメディアに掲載された論評多数。

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