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小沢一郎が明かす民主党政権失敗の本質

(1)三度目の政権交代を目指して始動した小沢に、私はインタビューを重ねた

佐藤章 ジャーナリスト、慶應義塾大学非常勤講師、五月書房新社編集委員会委員長

拡大小沢一郎氏=2017年3月2日、東京・永田町

小沢一郎の戦いを歴史に記す

 この人間の歩む道にはほとんど常に逆風が吹き付けている。

 風の中には飛礫や石が混ざり時には目を開けていられないほどの強さで吹き付けるが、この人間は歩みを止めない。歩みを止めればこの国の政治の進化も止まってしまう。そのような事態は、この人間の使命感が許さない。

 野党指導者であり稀代の政治家である小沢一郎は、背中から吹き付ける追い風に乗って自らの進む道を選んだことがない。道を選ぶ時、自らの心にあるのは自己の利害ではなくこの国の政治の進化を眼目に据えた使命感だ。

 政治が進化しようとする時、その進化を阻もうとする既得権益層が存在する。既得権益集団は自らの権益を守るために、進化を促す中心人物の行く手を塞ぎ、中傷し、妨害し、撥ねのけようとする。
前進する小沢に吹き付ける逆風の中に飛礫や石が混ざる由縁である。いきおい、その歩みはともすると戦いの様相を呈する。飛んでくる飛礫や石を時にはよけ、時にははね飛ばしながら進んでいく小沢の歩みを書き記すことは、ひとりの人間の戦いの記録、名付ければひとつの戦記である。

 この連載を『小沢一郎戦記』と名付けたのは、まさにそのような小沢の戦いの歴史を記す意味合いを込めたものだ。

計12回、10時間超のロングインタビュー

 この連載を書くにあたって小沢に12回、合計10数時間のロング・インタビューをした。

 小沢は約束の時間に遅れたことがほとんどない。インタビューはすべて議員会館の小沢の部屋で行われた。

 インタビューの前には政界の記録を収めたドキュメントや新聞記事、政治家の回顧書籍、政治学者の分析本などを綿密に読み準備を整えていたが、過去を振り返る小沢の記憶力は確かだった。時には事前調査を進めていた私の指摘の方が合っていることもあったが、決定に至る裏話、エピソードはまさに当事者以外には知ることのできない貴重な話ばかりで、時によっては度肝を抜かれるに十分な奇矯な裏話もあった。

 常に政界の動きの中心にいた小沢が語る裏話、エピソードはこの連載『小沢一郎戦記』の中で紹介されていくが、恐らくは読者の高い関心を集めるにちがいない。

 エピソードを語る小沢の口調は興が乗ってくると素朴な故郷の方言混じりとなった。そこにはひとりの人間としての飾らない本音がのぞいていた。その一言の本音のうちにどれほどの政治的な重層的構造が隠されているか思考を重ねて探ってみたいと思わなくもなかったが、残念ながら能力が追いつかなかった。

 小沢は1942年、後に自民党の国会議員となる小沢佐重喜の長男として誕生、東京への空襲を避けるため父親の故郷・岩手県旧水沢市に疎開した。

 以後、地元水沢の小学校、中学校で学び、国会議員となって後は自らの力で支持者を集め、盤石の選挙地盤としている。支持を集めるにあたっては二世の威光はほとんど関係がない。

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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト、慶應義塾大学非常勤講師、五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

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