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矛盾に満ちた辺野古移設に示された沖縄の「ノー」

二つの住民投票から見えてくるチグハグな沖縄の防衛政策。政府に自覚はあるのか

山本章子 琉球大学准教授

沖縄県民投票で反対多数の一報を受け、支援者らと笑顔を見せる「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎代表(手前)=2019年2月24日、那覇市沖縄県民投票で反対多数の一報を受け、支援者らと笑顔を見せる「辺野古」県民投票の会の元山仁士郎代表(手前)=2019年2月24日、那覇市

有権者の約38%が辺野古埋め立てに「ノー」

 2月24日、米海兵隊普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古沿岸の埋め立て工事の賛否を問う県民投票の投開票が行われた。県民の約53%が投票して、「反対」43万4273票、「賛成」11万4933票、「どちらでもない」5万2682票という結果だった。投票者の約72%を占める反対票は、2018年の沖縄知事選で玉城デニー氏が得た過去最多39万6632票を上回った。県内の全有権者の約38%が反対の意思表示をしたことになる。

 日米地位協定見直しと米軍基地整理縮小の賛否が問われた、1996年9月8日の県民投票では、投票率は約60%で全有権者の約53%が賛成に入れた。96年と比較して、今回の県民投票の投票率と「基地ノー」の率が下がった理由として、政治学者の江上能義氏は2月25日付琉球新報で、公明党が賛成から静観に転じたことを挙げている。卓見だが、くわえて時期が悪かったことも指摘しておきたい。

 期日前投票が始まった2月14日から投開票日の24日にかけて、ビジネスマンは年度末の繁忙期のうえに、予算消化のための出張が入った。大学生は春休みで、一日中バイトか、就職活動の準備を始めていた。高校3年生と浪人生は大学入試の真っ只中だった。

 学者や報道関係者ら政治に携わる人間はすべてを政治で説明しがちだが、大多数の人々は政治よりも日常生活に追われているのである。

「3択」の影響はほぼなし?

沖縄県民投票の開票を受けて会見する玉城デニー沖縄県知事=2019年2月25日午前0時40分沖縄県民投票の開票を受けて会見する玉城デニー沖縄県知事=2019年2月25日午前0時40分
 賛否の「2択」だった96年と異なり、「どちらでもない」が加わって「3択」となったことは、今回の県民投票結果にどれほど影響したのだろうか。

 「どちらでもない」は票数の約9%、全有権者の4.5%にとどまる。仮に条例制定時のまま「2択」で県民投票が行われ、この票数が全部反対に流れたとしても、反対票は有権者の約42%でやはり過半数に届かない。より詳しいデータと専門家の検証が必要だが、現時点では影響はほぼなかったように見える。

 今回の県民投票の重要なポイントは、自公支持層もその多くが反対票を投じたことだ。朝日新聞が実施した出口調査によれば、自民支持層の45%、公明支持層の55%が反対を選んだと回答している。投票率よりもむしろ、保守層も含めて反対の民意が示されたことのほうが、4月に衆議院選挙補選、7月に参議院選挙を控える与党にとっては無視できない結果であり、痛手といえよう。

石垣島の住民投票署名運動

 先日、バニラエアが「那覇―石垣便・980円セール」をやっていたので、思わず購入した。石垣島は、米も野菜も肉も魚も、何を食べてもおいしい。ニューヨークと京都にしかないマリベル・チョコレートの系列店もあるし、ヘリーハンセンの石垣限定Tシャツやトレーナーも買える。外から来た人の目には、沖縄本島よりも豊かにさえ見える。破格値で行けるなら、行かない手はない。

「石垣島住民投票を求める会」の事務所。条例案否決を受けた記者会見で一度使われたきり閉ざされていた=2019年2月12日、筆者撮影「石垣島住民投票を求める会」の事務所。条例案否決を受けた記者会見で一度使われたきり閉ざされていた=2019年2月12日、筆者撮影
 島内を観光していた私は、中心街の桃林寺周辺でふと足を止めた。暗がりで不意に目に飛び込んできたのは、緑地に白で「石垣市住民投票を求める会」と書かれた、何本もののぼり。閉ざされたガラス戸の向こうにしまわれていた。

 ガラスにはりついた大きな模造紙には、棒グラフと折れ線グラフで表された、住民投票条例制定を求める署名数の推移が書かれていた。15日目には計約4000筆だったのが、署名運動最終日の31日目には総計1万5135筆に達している。地方自治法による条例制定に必要な署名数は石垣市有権者の50分の1である約800筆だから、その約20倍。全有権者の約4割もの署名を集めたことになる。

 実は、石垣島では2018年10月31日から1カ月間、20代の3人の若者が中心となって、平得大俣地区への陸上自衛隊(陸自)配備計画の賛否を問う住民投票を実現しようと署名を集めた。地方自治法ではなく市の自治基本条例にのっとり、有権者の4分の1以上の署名を目標に設定、実現した。

 だが住民投票条例案は2月1日、石垣市議会で可否同数となり、平良秀之議長が議長裁決で否決を決めた。皮肉にもその日が、「石垣市住民投票を求める会」の事務所開きだった。私が見たのは、条例案否決を受けた記者会見の場として一度使われたきり、閉ざされた事務所であった。

着々と進む自衛隊の南西配備

 石垣島滞在中、防衛省沖縄防衛局による陸自駐屯地の建設工事に関する住民説明会が行われたので、会場を訪れた。防衛局担当者と住民との緊迫した質疑応答は、日本の防衛政策の矛盾が辺境の島に凝縮されていることを、はからずも象徴していた。

 2016年3月から与那国島には約160名の陸自沿岸監視隊が駐屯。16年10月からは奄美大島に約550名、17年11月からは宮古島にも約700〜800名の陸自警備部隊・地対艦空誘導弾部隊を駐屯させるべく、建設工事が進められている。くわえて、石垣島にも奄美大島、宮古島と同じく陸自部隊約500〜600名を駐屯させる計画だ。

 これら南西諸島への陸自配備計画は、民主党政権下の2010年に改定された「防衛計画の大綱」(防衛大綱)で登場した。尖閣諸島をめぐる日中間の対立が高まったのを機に、「自衛隊配備の空白地域」である南西諸島への配備の必要性が打ち出され、13年改定の防衛大綱に引き継がれる。力の空白は敵の侵入を許しやすい、という古典的な安全保障の考え方にもとづく。

南西配備の三つの問題点

 軍事的対抗によって敵に自国への攻撃を思いとどまらせる抑止には、大きく分けて二つの方法がある。一つは、敵に目的を達成させない程度に抵抗できる軍事力を持つ「拒否的抑止」。もう一つは、敵を完膚なきまでに叩きのめす軍事力を持って攻撃の意志をくじく「懲罰的抑止」だ。陸自の南西配備は前者にあたるが、次の三つの問題がある。

 第一に、説明会で住民から石垣が戦場になる可能性を問われた防衛局担当者が、「そういう事態が起きないようにするための陸自配備」だと答えたが、その理屈では米軍を配備して懲罰的抑止に近づけるほうが戦争の可能性を下げることになり、陸自である必要性がない。実は、陸自の南西配備は彼らの予算獲得という政治的側面が大きく、安全保障の観点からは説明できない。

 第二に、抑止力を高めることは他国との緊張を高め、かえって偶発的な戦争の可能性を高めるというのは、安全保障論の常識である。石垣住民の問いは杞憂(きゆう)ではない。だからこそ、世界最大の軍事力を持つ米国でさえ、抑止と外交を対として偶発的戦争の回避に努めている。二言目には抑止と言う日本政府は、それができているのだろうか。

 第三に、国民保護法では有事に国民を避難させるのは、自衛隊ではなく自治体の役割である。周囲を海に囲まれた小さな自治体にその能力や手段はあるのか。米軍の場合、朝鮮半島有事には米海兵隊が自国民の保護・避難にあたることになっている。2018年に陸自の中に創設された、日本版海兵隊と呼ばれる水陸機動団は、沖縄の離島ではなく長崎県佐世保市の相浦駐屯地に駐留しており、自国民の保護・避難任務は負っていない。

辺野古移設後も普天間は返還されない?

沖縄県民投票の結果を受け、記者の質問に答える安倍晋三首相=2019年2月25日午前7時29分、首相官邸沖縄県民投票の結果を受け、記者の質問に答える安倍晋三首相=2019年2月25日午前7時29分、首相官邸
 このようにどこか危うい日本の安保政策だが、今回の沖縄県民投票でその是非が問われた辺野古沿岸の埋め立て工事もまた、矛盾に満ちた国策に他ならない。

 2月15日、県内4大学の学生22人と米軍普天間飛行場の中を見学した。県民投票の判断材料にしたいという学生の発案だった。海兵隊の代表者が「普天間飛行場と比べて辺野古の代替施設は滑走路が短い」と言った。学生が「代替移設は基地機能が低下するのか」と聞くと「その通り」。学生はすかさず「代替施設が完成しても辺野古に移らないのか」と迫る。答えは「機能が維持されることが確認できれば移る」だった。

 この海兵隊の言葉は正しい。1996年4月15日に発表された普天間返還合意の文言は次の通りだ。

「今後5~7年以内に十分な代替施設が完成した後、普天間飛行場を返還する。施設の移設を通じて、同飛行場の極めて重要な軍事上の機能及び能力は維持される」

 辺野古の軟弱地盤に杭7万6699本を打ち込む改良工事も含めた工事全体について、沖縄県は予算2兆5000億円、期間13年という独自の試算を出している。過去に例のない改良工事であり、そもそも実現可能かどうかも未知数だ。

 仮に膨大な費用と時間をかけて代替施設が完成しても、米側から十分な機能・能力を有していないと判断されればどうなるか? 普天間飛行場は返還されないのである。そのとき、「沖縄の負担軽減」「普天間の危険性除去・固定化回避」を唱えてきた日本政府は、どう説明するのだろうか。

普天間の現状に最も不満なのは……

県民投票後も土砂投入が続き、海面が濁る辺野古=2019年2月25日午後、沖縄県名護市、朝日新聞社機から県民投票後も土砂投入が続き、海面が濁る辺野古=2019年2月25日午後、沖縄県名護市、朝日新聞社機から

 にもかかわらず、安倍晋三内閣は実現可能性や費用、工期を明らかにせずに、軟弱地盤の改良工事は可能だと言うのみだ。他方、安倍首相や菅義偉官房長官は、

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