総工費は2兆5500億円。杭は7万7000本。県民投票は様々な事実をあぶり出した
2019年02月26日
投票率、得票数、県民の空気、民主主義、そして今後の行方について、「『辺野古』県民投票の会」代表と二人の政治学者に話を聞いた。
沖縄県民は民意をあらゆる方法で示し続けている。今度は国民全体が自分の問題として考えないといけない。その一助になることを願う。
県民投票の会代表の元山仁士郎さんは、東京で通っていた大学院を休学し、この1年、県民投票の実現に向けて取り組んできた。全市での実施を訴え、ハンガーストライキもした。その行為に対して日本政府には揶揄するような対応も見られた。
県民投票翌日の2月25日、元山さんに電話でインタビューした。1月4日に沖縄でインタビューしたとき、全自治体が参加するか不透明だったときの悲壮感と比べると、一つの山を越えた安堵感があるように思った。
「県民投票に取り組んできて良かったと思う。それは何よりも県民投票をきっかけに、沖縄の各地の人たちと話すことができた。県民の間で考えるきっかけを提供できたと思う」
今回の投票率は52.48%。1996年の県民投票の59.53%より約7ポイント下がった。96年は基地の整理・縮小と日米地位協定の見直しを求める「賛成」票が約48万。今回は辺野古の埋め立ての「反対」票が約43万票。いずれも圧倒的な差がついている。
昨年9月に行われた県知事選では、「辺野古ノー」の立場をとる玉城デニー氏が、自民・公明・維新・希望が推薦する前宜野湾市長の佐喜真淳氏らを破り初当選した。投票率は62.24%で、玉城氏が約39万票、佐喜真氏が約31万票だった。辺野古反対派は今回の県民投票で、知事選より投票率が10ポイントほど下がるなかで、知事選の玉城氏の得票を上回る票数を得たことになる。
元琉球新報論説委員長で現在は沖縄国際大学・大学院教授の前泊博盛さんは「投票率が50%を超えたのは想定外でした。自民党は自主投票を決め、事実上、投票に行かないように有権者に求めるような動きをしていたからです」と振り返る。
琉球大学と早稲田大学で沖縄の政治行政や住民投票を研究してきた政治学者の江上能義さんも投票率が50%を切るのではないかと見ていた。ただ、「1996年と今を比較すると政治構造が違う」と指摘する。
「1996年の時は、公明党が基地反対派に近い立場を取っていました。それが今は、公明党が政権与党として、県民投票への立ち位置が変化したことによって、投票率に与えた影響が大きいと思います。今回の県民投票では、自民党も公明党も傍観、静観しました。今回の県民投票は実施を巡り、当初は5市が実施しないと表明しました。このような出来事も、政権からの風圧と感じて、投票率を下げた要因になったと思います」
知事選で玉城氏が当選した要因として、保守系の票が玉城氏に流れたという分析があるが、今回の県民投票で朝日新聞が行った出口調査では、自民支持層の45%、無党派層の79%が「反対」票を投じている。
前泊氏は「安倍政権は、知事選は色々な要素があるので必ずしも玉城氏が得た票が辺野古反対ではないという見方を示してきました。しかし、今回の県民投票はシングルイシュー、つまり争点は1つです。その結果、知事選を上回る得票になったのです。日本では選挙民主主義が崩壊しているので、このような県民投票が必要になったのです」と分析した。
昨年12月の土砂投入を始め、その後の県民投票つぶしとも見られるような政治的駆け引き、そして建設地の海底の軟弱地盤など次々と新しい問題が浮上してきた。
江上氏は「昨年12月に政府が埋め立てを強行し、赤土や軟弱地盤など色々な問題が吹き出してきています。そのようなことも重なり、県民が反感を強めたのではないかと思います。つまり、『政府が言っていることは、めちゃくちゃだ』という印象を持ったのだと思います。そういう声は、沖縄の自民党関係者の中にもあります」と指摘した。
私は昨年12月、年明け1月と沖縄を取材で訪れた。
その時、元山さんは県民投票の目的について「私の中では二つのテーマがあります。『世代間の対話』と『島々の対話』です」と答えていた。全自治体での実施を求めてハンガーストライキを行い、注目を集めた。県民投票を終え、この間に対話が起こり議論が深まったのか、尋ねてみた。
元山さんらは、無党派層への投票への参加を促すため、音楽祭を企画したり、ツイッターで情報発信したり、市民ができる試みを重ね、「沖縄の新しい民主主義の可能性が見えてきた」と言う。
一方で、「議論を深めるためには賛成、反対の互いの人たちが参加して、それぞれの主張を述べあって深めていくことが大切ですが、自民党が静観の姿勢をとっていたので、議論を深めていくことはかないませんでした。投票直前の最終盤の盛り上がりが欠けていたのではないかと思います」という反省も口にした。
江上さんは、県民投票の実施主体である県があまり動かなかった点が影響したとみる。
「今回の県民投票は、若者主導で引っ張ってきました。宜野湾市長が玉城知事について『公平性や中立性が保たれるのか』という趣旨の発言をしましたが、県民投票の実施主体は沖縄県です。県がもっと県民が投票に参加するように動くべきだったと思います」
「そもそも、県民投票をやるということ自体、私はバイアスがかかっていると思います。意思を示したり、深く考えたりしない人が、県民投票をやろうとしますか。イギリスのスコットランドの独立を巡る住民投票でも同じです。自治体が呼びかけて、結果が逆になることだって、世界にはたくさんあります。どちらかに投票してくださいというのはいけないが、県に中立性を求めるのは間違っていると思います」
江上さんは「県内の首長や地方議員といったプロの政治家の動きが弱かった。引いてしまっていた」とも話した。
前泊さんは議論が深まらなかった面がありながらも「今回の県民投票をきっかけに、色々なことが表に出てきました」と前向きに評価する。
「新基地の埋め立て予定地の海底に、軟弱地盤があることを表に出来たこと。そこの地盤を安定させるには、7万7000本の杭を打たなければならないこと。沖縄県の試算では、総工費は2兆5500億円に膨らむこと。いろんなことが見えてきました」
「一方で、政府は工期や工費の詳細を出すことは不可能としています。土木の専門家には、全体工事の設計図がないまま工事を始めている、という厳しい見方もあります。軍事の専門家には、短い滑走路や駐機場の狭さから、完成しても役に立たないという見方もあります。それに加え、軟弱地盤の問題がある。地盤沈下があるような滑走路を米軍が使いたいと思うのでしょうか。辺野古の新基地ができても、普天間飛行場は残るかもしれない」
元山さんも同じような見方だ。
「本当に普天間基地が返ってくるのか、最近、疑問に思わざるを得ません。軟弱地盤の工事、本当にできるのでしょうか。専門家の中には不可能という人もいます。政府は別の選択肢を示し、国民全体で考えて行かなければいけない時期だと思います」
前泊さんは「政治家や政権が民意に耳を傾けないという行為は、民主主義の否定でもあります」と指摘する。そのうえで、こう言う。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください