最終回「始まりの終わり」にあたって
2019年03月09日
ヨロブン、アンニョンハセヨ!
足かけ7カ月、計29時間分の「にわかん」、いかがだったでしょうか? 「26回なのに、なぜ29時間なのか」という、いじわるでまっとうな問い合わせもいただきましたので、少し釈明します。
第5週でご紹介したハングルの子音と母音の組み合わせを覚えて書けるまでになるのは、さすがに1時間では終わらないでしょう。それと、助詞の形、動詞や形容詞の活用で複雑な例外があるのも難関です(第15週、第16週ご参照)。さらに副詞や語尾や丁寧語も身につくためには少し時間がかかるかもしれません(第17週、第22週など)。
でも、1話、丸ごと「寄り道」みたいで、学ぶことがほとんどない回もありました。26時間に5時間プラスして2時間マイナスで差し引きして29時間分です!
大雑把すぎるって? はい。そんなものです。
そもそも短時間に超特急で身に付けるのが目的なので、もし真面目にやってこられた方が「本当は35時間かかった」など具体的なデータなどあれば、ぜひ編集部にお知らせください。いつか改訂版をつくるようなことがあれば大いに参考にさせていただきます。
まだ習っていない大切なこと、いずれ習うべきことはもちろんたくさんあります。
初回に書いたように、この本の第一の目的は、外国語だから、ハングルが妙な形をしているから、という理由で難しく構えていた人に、「な~んだ」と抵抗感を薄めて安心してもらうことにあります。
第二の目的が、いま述べた「スピード感」です。
三つ目の目的は、東アジアの中での日韓の相互理解を深めることです。私見ですが、義務教育のどこかで韓国語を少し学んだらいいのではないかと思っています。もちろん、グローバル化に伴って世界の多くの人たちと話す言葉を選ぶとすれば、まず英語、次に中国語でしょう。
韓国語は南北朝鮮と、在日をはじめとする在外コリアンしか使いません。それでも数千万人に上りますし、日常のすぐ隣に朝鮮語使いがいます。隣国の言葉であり、言葉を通した文化への理解が深まります。それは韓国のことを好きとか嫌いということとは関係がありません。韓国語を学び、話してみると、その反射的な作用で日本や日本語への理解や関心もずっと深まると思うからです。
超特急の乗り心地はいかがだったでしょうか。
やっぱり難しいなあと実感したまま最後まで来てしまった方もいるかもしれません。そもそも完走できなかった方も多かったでしょうね。
外国語というのは、仕事や旅行で「必要になったから学ぶ」人と(旅行も立派な需要です)、「外国語の勉強そのものが楽しくてやりがいを感じる」タイプがいるのだと思います。韓国語の場合は、そのどちらも満たすことのできる珍しい言語だと感じています。
私は幸運にも、中国語の留学を1年間した後、40歳を過ぎて韓国に留学しました。私だけでなく、同僚も留学仲間の友人を見て、ほぼこう断言できます。
「中国語を1年間勉強してペラペラになった人はいない。一方で、韓国語を1年やって、ペラペラにならなかった人はいない」
このコーナーで、いったい何を学んで来たのかを改めて知りたい方は、このWEBRONZAをずっとさかのぼって、2018年9月の第1週から読んでいただければと思います。項目だけであれば、第2週に全体の構成を示す「目次」を列挙しました。ほぼそれに沿ってやってきましたのでご覧になってください。
「ちょっと寄り道」も今回で46回を数えます。本編の2倍近くになりました。語学の勉強よりも、この無駄話を通じて韓国の文化や社会の構造、韓国人の物の考え方を伝えたいと思ったのも「にわかん」の別な目的でした。
ここで改めて、やってきたこととやっていないこと、これからやらなければならないことを整理してみます。
まず、次の写真を見てください。私が最近、取材のために韓国政府のサイトから引っ張ってきた資料のタイトルです。これが簡単に分かる方は、この「にわかん精神」を十分に身に付けた方です。
「2018年度 国家イメージ調査 主要内容」
漢字語と外来語のみ。このような硬い内容は簡単に読めてしまいましたね。
次に、このタイトルはどうでしょう。
「僕よりちょっとだけ高いところに君がいるだけ」
覚えていますか? 第18週で紹介したシン・スンフンのバラードのタイトルです。こちらの方は、漢字語が一つもありません。全部固有語です。恋人に優しく切なく呼びかける口語なのです。
一つひとつ覚えなければ意味は分かりませんが、この題名だけそらんじて覚えれば、名詞+助詞+副詞+助詞+形容詞+名詞+助詞+名詞+助詞+動詞+助詞と合わせて11の部品を身に付けることができます。
固有語は日常生活のあちこちにあふれていますし。この歌のタイトルのように、魅力的な言い回しがたくさんあります。これは少しずつ覚えるしかありませんし、これで十分というゴールはありません。
ただ、韓国語の得意な日本人を見ていると、何かの分野の固有語に突出していたり、悪く言えば偏っていたりします。これは当然です。学校で韓国人の友人と話す機会が多い若者、アルバイト先で野菜や果物、生鮮に詳しくなる人、酒飲みで固有語のメニューをすらすらいえる人など。環境に応じて得意な固有語が違ってきます。これもまた醍醐味です。
ところで、私はたまに「日本の標準語とは、どこの言葉ですか? 東京ですか」と聞かれます。こう答えることにしています。「NHKの定時ニュースを読むアナウンサーの言葉が標準語でしょう。東京にも方言はあるし、民放も時々正しくありません」
韓国語も同様に、正しい(標準という意味で)言葉を話すのはテレビのニュースぐらいで、実生活で教科書のような言い回しはあまり聞きません。いわゆる標準語、普通の丁寧語、くだけたパンマルをそれぞれマスターできれば最高なのですが、語彙や語尾まで考えると、その広がりにはキリがありません。話す相手の年齢、職場の環境、友人の年格好などで、おのずと「的(まと)」の中心が絞られてくる。そこから同心円大に広げていくのが「使いながら覚える」のに最も適しているのではないでしょうか。
また、第2の都市、釜山は、それなりにきつい方言があります。「兄貴」がソウルでは「ヒョングニム」ですが、「ヘングニム」と聞こえます。九州に近いため、食べ物や食器に、日本語が定着した言葉も多くみられます。釜山や地方都市が好きな方は、ソウルで学ぶのとは別な「実地研修」も面白いかもしれません。
もしこれからも韓国語の勉強を続けられる方はこれから立ち止まることも多くあるかもしれませんが、すでに理解度は「日常会話レベル」以上のはずです。あとは実践のみです。知らない固有語、どんどん出てくる新語、外来語、若者言葉についていくのは日本語の世界と同様、大変です。ただ、標準語の基礎は身についたわけですから、自信を持って新しいことに取り組んでください。
「にわかん」では韓国語を学ぶと同時に日韓の文化の違いにも時折、触れてきましたが、私が実感したのは、学べば学ぶほど日本語への関心も膨らんだことです。何げなく使ってきた日本語が、ひょっとして朝鮮半島から伝わってきたのではないか、逆に日本が輸出した言葉もあるのではないかと。あれもこれも…。
しばしば指摘される有名なところでは、「奈良県」の「ナラ=나라」。ナラは韓国語で「くに」です。まさに都があった場所にふさわしい呼び方ですよね。
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