陰の主役は中国だった。舞台は日米中ロ南北の思惑が入り乱れる12年前の枠組みへ?
2019年03月01日
首脳会談には失敗はない、事前交渉を追認し、友情を確認し、合意文書に署名し、華々しく成果を誇るという「外交の常識」が崩れたという意味で、現代史に残る出来事かもしれない。
トランプ、金正恩(キム・ジョンウン)両首脳の目論見が外れた理由は様々なメディアが分析しているが、最大の焦点は、これからどうなるのかだ。
昨年6月の第1回会談との比較や今回の断片的な肉声を通じて占うと、結論として考えられるのは「6者協議の復活」の可能性が膨らんできたことだ。
前回の米朝首脳会談後、私は「『席順』で読み解く米朝首脳会談」と題する論を書いた。拡大会合の席順で、両首脳の隣にそれぞれ金英哲(キム・ヨンチョル)・朝鮮労働党副委員長とポンペイオ国務長官を座らせたことを、「ささやき合える相棒」とみなし、相手の変化球にいつでも対応できる態勢を整えていたとみていた。
また、いつもけんか腰で相手国に罵詈雑言を浴びせる役の李容浩(リ・ヨンホ)外相とボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)がその外側に座り、にらみをきかせていた。
今回もこのプレーヤー全員が参加し、金英哲、ポンペイオ両氏という最側近を隣に座らせたことに違いはなかった。一方で、李、ボルトン両氏が会議場で向かい合うことはなく、一番離れた対角線に座った。事前、事後にも相手を刺激するような目立った発言はなかった。
長年の敵同士が半身になって向かい合った1回目と比べて、実務的な交渉に入るという、ある意味、緊張感のほどけた、なごやかな雰囲気で始まったのは間違いないし、会談前の両首脳の表情も昨年とは違って明るかった。
ただ、その緊張感の欠如が互いを甘く見てそれぞれ高いハードルを設定することにつながり、何とか曲がりなりにも成功したと見せかけたい、という形すら繕えない結果に終わった原因だったとも言える。
今回の結果を受けて、今後、米朝関係や北朝鮮の非核化がどうなるか考える前提として、いくつか自明になったことがある。
まず、米朝首脳会談は今後、半年、あるいは1年は開かれないだろう。
夏から秋にかけて多国間の首脳会議が目白押しで米国首脳は大忙しだが、ほとんどの枠組みに北朝鮮は入っていないので、二人が出会うチャンスがない。
非核化問題は、この個性的な米朝首脳がいる限り、一声で方向が定まるものなので、いくら2国間で実務協議をしても、経済制裁や終戦宣言など関係を大きく変えることには結びつかないだろう。
トランプ氏にとって、元顧問弁護士のコーエン被告が下院で「詐欺師」「うそつき」とスキャンダルを暴露したことも打撃になり、非核化問題の優先順位が下がる可能性もある。
次に、北朝鮮は隙を突いて核開発をさらに進めていくだろう。
トランプ大統領が1対1会談に入る前の発言で、非核化について「速度は重要ではない。急いではいない」と繰り返した。これは「確実な取引をしないと成果に結びつかない」という意味の言葉だったが、北朝鮮にとっては、再び核開発を整える時間の猶予ができたことになるのは皮肉だ。
トランプ氏は会談後の記者会見で「彼(金正恩氏)はロケットやミサイル、核にかかわるあらゆる実験はしないと言った」と語ったが、それが事実だとしても、米国への脅威は薄れるかもしれないが、すでに実用化されているといわれる短中距離ミサイルの脅威は変わらず、特に東アジアの安全保障はさらに危うくなる可能性がある。
もう一つ、北朝鮮が求める最大の対価が、経済制裁の解除であることも明らかになった。
トランプ氏は「全面的解除を求めてきた」のが物別れの理由だと説明した。その後、李容浩外相が記者を集めて「一部の解除だ」と釈明したが、これは言葉のあや、試合後の感想戦にすぎない。
いずれにしても米国から見れば、妥協できないほどの制裁解除をいきなり吹っかけられたとみるべきだろう。そうであれば、経済制裁が続く限り北朝鮮国内は困窮し、核をカードに外交戦を挑むというチキンレースに戻ることになる。
では、北朝鮮に時間的な猶予を与えず、東アジアの安保の脅威も低減するためにできることは何か。その視点で振り返れば、今回の会談の陰の主役は中国だった。
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