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「密室談合」の森政権と前代未聞の「加藤の乱」

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(11)

星浩 政治ジャーナリスト

自公連立でのぞむ初の国政選挙

 当時、各地を取材したが、自民党と公明党が連立を組んで初めての国政選挙とあって、お互い、戸惑いながらの選挙戦だった。地方では、自民党候補の後援会が公明党・創価学会とはしっくりいかず、冷めていた選挙区が多かった半面、都市部では、創価学会員が自民党の選挙事務所に入り、一体となった運動を繰り広げている選挙区が見られた。自公の選挙協力はその後、回数を重ねるごとに深化していく。

 定数480(選挙区300、比例区180)を争った総選挙の結果は、自民党が233議席で単独過半数(241)には届かなかったが、公明党(31議席)と保守党(7議席)を合わせると与党は271議席と過半数を確保した。一方、民主党は127議席、自由党22議席、共産党は20議席だった。森首相は開票後の会見で「引き続き政権を担当せよというのが民意だ」と述べ、政権は継続した。

 総選挙後の組閣で森首相は、宮沢喜一蔵相、河野洋平外相、堺屋太一経企庁長官ら主要閣僚を続投させた。官房長官は青木幹雄氏から森首相側近の中川秀直氏に代わった。

各国首脳が小渕首相を偲んだ沖縄サミット

首里城をバックに記念写真に納まるG8各国首脳。左からブレア英首相、クリントン米大統領、クレティエン・カナダ首相、シュレーダー独首相、森喜朗首相、プーチン・ロシア大統領、プロディ・EU委員長、アマート伊首相、シラク仏大統領 =2000年7月22日

拡大首里城をバックに記念写真に納まるG8各国首脳。左からブレア英首相、クリントン米大統領、クレティエン・カナダ首相、シュレーダー独首相、森喜朗首相、プーチン・ロシア大統領、プロディ・EU委員長、アマート伊首相、シラク仏大統領 =2000年7月22日
 小渕恵三前首相の「遺言」ともいえる沖縄サミットは、7月21日に名護市の万国津梁館で開催された。クリントン米大統領、プーチン・ロシア大統領らG8の代表が小渕氏を偲(しの)んだ。クリントン氏は糸満市の平和の礎(いしじ)で演説。「沖縄の基地負担軽減」を表明した半面、「日米同盟にとって沖縄の役割は死活的に重要」という点も強調し、大幅な米軍基地削減には応じられないという基本姿勢は崩さなかった。

 総選挙とサミットを乗り切った森首相だが、政権の勢いは依然、弱いままだった。10月には中川官房長官の「女性問題」が週刊誌で報じられ、辞任に追い込まれる。後任に小泉純一郎氏が浮上するが、本人が「俺は女房役には向かない」と固辞。同じ森派の福田康夫氏を推し、福田氏が就任した。これが、半年後の「小泉首相」誕生の伏線となる。

 中川官房長官の辞任で森政権が揺らぐ様子を、政権取りのチャンスと虎視眈々(たんたん)とうかがっていたのが加藤紘一氏である。

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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