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日本からは見えにくい中国経済の本質

減速し始めたという悲観的な見方だけでいいのか

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

中国・北京で開幕した全人代=2019年3月5日、人民大会堂

 3月5日から2019年の全人代が始まった。今回は昨年二つのサプライズ(国家主席の任期制限の撤廃、2期目の改革プランの未公表<後述>)があった後だけに通常以上に注目される。今後は、全人代だけでなく様々な会議体から、2021年から始まる第14次五カ年計画をも見越した政策案が発表されていくだろう。中国経済の実態は、データの信憑性、国土が広く省や特別市・区など行政の区分けが特殊であること、一帯一路にも絡んだ外需の影響等、様々な事情からその全容を把握することは容易ではないが、特に、日本人がみる場合、日本自身の経済発展の歴史との比較のほか、日本的常識や見方も加わって、一段と分かり難くなっている。

日本人が中国経済をわかり難い理由

 中国企業と言えば、アリババ(本社は杭州)、テンセント(深圳)、ファーウェイ(同)などITからAI、IoT等の企業が世界の話題を集めているが、いずれも活動の中心は中国沿岸部の南側にある。IT関連企業だけではない。アリババが提供するフィンテックの決済口座を提供するアリペイ(支付宝)の資金は、運用口座の余額宝に1元単位(1元は約17円)で移動できるが、その残高は1兆5千億元以上と中国の大手商業銀行一行の個人預金残高を上回る規模にある。この本社は上海だ。保険でも、昨年インシュアテックとして最初に香港市場への上場を果たした衆安保険が上海、インシュアテック子会社を複数持つ大手の平安保険の本社も深圳にある。

アリババ集団の馬雲会長(中央)や微信(ウィーチャット)を展開する騰訊(テンセント)の馬化騰会長(左端)も改革開放に貢献したとして表彰された=2018年12月18日、北京の人民大会堂

 大学も、北京大学や清華大学のトップ2は北京にあるが、沿岸部南部にも浙江大学、復旦大学のほか、世界トップ10に入るビジネススクール中欧国際工商学院が上海にあり、最近では深圳大学の人気も上昇しているほか、北京大学もMBA専門校をHSBCと提携して深圳に設立している。また厦門近郊には新大学設立の話も出ている。

経済を牽引するのは沿岸部南部

 中国経済は、大きく5億人を抱える沿岸部と、9億人の内陸部に分けて考える必要があるが、その沿岸部でも、今の経済発展の中心は南部(江蘇省以南)にある。しかし、例えば、赤いシリコンバレーと呼ばれる深圳は、経済成長の真っ只中にあり活況に満ちているものの、羽田・成田からの直行便は便利な時間帯に飛んでおらず、出張者が時間を有効に使おうとすると香港経由での往来とならざるを得ない。

 ちなみに、中国は1人当たりGDPが1万ドルを超えるレベルまで成長してきているが、最も早く1万ドルを超えたのは2007年の深圳、蘇州、無錫が最初で、北京より2年早い。また、沿岸南部の多くの都市は北京とともに2万ドルも視野に入りつつある。北京は政治の中心であり、大手国有企業の本社も集中しているが、現在の中国経済を牽引するのは沿岸部南部なのである。

 このような現実は、欧米とも違った環境であるが、特に東京一極集中が当たり前の日本人には分かり難い。

全体として発展途上段階にある中国経済

 中国経済は、沿岸部を見れば先進国の仲間入りをしても良いレベルに近づきつつあるが、内陸部まで含めるとまだ発展途上段階である。IMFが中国をAdvanced Economies ではなく、Emerging Market and Developing Economiesに入れている理由もここにある。こうした状況下、中国政府は近年、日本への海外旅行などを楽しむ沿岸部や一部内陸都市の人々の生活水準に他の地域の人々の生活が少しでも追いつくような政策を続けてきた。今後も国家主導の公共事業等によるインフラ整備や、急速に発展した企業等の裾野を広げること、外資の誘致等は、全国レベルでの底上げに繋がる経済発展だけでなく、現実にかなり開いた地域間格差の更なる拡大の防止と縮小に向けても必要である。

 従って、今回の全人代とそれを受けた政策案や21年に向けて準備が進められる第14次五カ年計画もこの点に重点が置かれることは間違いない。

中国経済の先行きを左右する二つの問題

 しかし、中国経済は二つの構造問題に直面している。一つは米中貿易摩擦、もう一つは過剰債務問題で、どちらも習近平政権が過去の先例に倣って政権2期目の2年目に改革プランを発表出来なかったほどの深刻な問題である。しかし、これは解決不可能だから問題なのではなく、解決のタイミングと落としどころをどこにするかが国政全体に影響するほどの事態なので慎重さが増していると理解すべきだろう。ちなみに、中国経済の減速は、米中貿易摩擦前から融資の厳格化等の規制を背景として既に始まっていた。

ホワイトハウスで中国の劉鶴副首相と会談するトランプ米大統領=2019年2月22日、ワシントン

 米中貿易摩擦は、短期的な貿易収支に注目するなら輸入を増やせば決着する話で、中国には米国からの輸入を増やすものは多々ある。一方、中長期視点で発展途上段階にある9億人が住む内陸地域の今後の経済発展を考えると、1985年のプラザ合意以降の日本が採用したような内需転換等を既に旗印としては掲げ始めているものの、それは理論的にも現実的にも容易なことではない。また、ファーウェイ問題に代表される5G等の技術競争については、技術覇権という米国が意識する問題とは別に、このような企業を守れなければ中国ではなく米国で起業しようとする傾向に拍車をかけ中国全体の経済発展に資する新産業が育たない。今回の減税も景気対策だけでなく国際財政競争をも意識している。

 つまり、どちらも習政権の内政の核心に触れる問題なのだ。従って、世間では米中貿易戦争が通貨戦争になる等の予測を含めて今回の決着への注目が集まっている。しかし、重要なことは近い将来に合意があるとしても、それは中国にとって今後の交渉への発射台に過ぎないという点である。

問題は地方の債務

 これに対して国家全体としては発展途上段階にある中国の過剰債務問題は、景気対策と構造改革のバランスの問題である。

 まず規模に注目すると、2018年の債務残高は、概ね政府と家計がほぼ等しく44兆元、企業が140兆元で、日本が世界から批判される際の指標である政府債務対GDP比率は50%にとどまっている。ただし、財政赤字が拡大しているほか、隠れた債務を指摘する声もあり楽観はできない。この間、一昨年にIMFが警鐘を鳴らしたのは民間非金融部門の債務の急増に対してであり、その当時はGDPが前年比で5兆元増える間に新規債務は20兆元増え、その比率の長期トレンド線からの乖離も拡大していた。ただこの乖離も、2016年の29%から、2018年には15%へと縮小している。

 問題は地公体の債務である。これは実態が不透明な部分が多いうえ調査の都度、残高が増加してきたという経緯がある。米国でリーマン・ショックの際などに課題となった負債関係者としての(例えば暗黙の保証を含む)「明示的な負債および偶発的な負債」の総額は、2014年段階で24兆元となっている。2010年には11兆元だったので、わずか4年で2倍以上の増加だ。しかも、地方各地の建設需要はその後も旺盛なため、地方の債務はかなり増え続けてきていることだろう。

中国の過剰債務問題の考え方

 中国におけるフィンテックの進展が欧米以上に速いのは、ケニアでモバイル・ペイメントが発展したのと同様に従来型のインフラ整備が遅れていたところに、そのインフラを必要としない先端技術が低コストで提供されたからである。しかし、中国で発展の遅れた村に行けばわかることだが、道路や鉄道、上下水道など基礎インフラの整備は今後も続ける必要がある。例えば、内モンゴルのフフホトやチベットのラサには立派な空港が建設されているが、一般庶民の利用を考えれば、北京からフフホトまで、また成都や西寧からラサまでの一般鉄道や高速鉄道等の整備も中国人民全体の公平の観点からは必要となるのだ。

中国の高速鉄道復興号(右)と和諧号=2017年7月3日、上海虹橋駅

 一方、中国の金融制度の変遷をみると、1980年代央までは人民銀行が融資も行い、例えば当時の中国銀行(商業銀行)は人民銀行の国際部門的な位置づけであった。その後、新銀行が設立され1995年には商業銀行法の成立により四大銀行ほかの商業銀行が民間融資の比重を高めるとともに、ほぼ時を同じくして国家開発銀行、輸出入銀行、農業開発銀行の政策性銀行が設立され、リーマン・ショック後の新幹線網や一帯一路の海外投融資、農村部の近代化を後押しした。この間、農村金融機関の改革も膨大な数であった零細農村信用社が、2016年までに1千社強の農村商業銀行と農村合作銀行40行に集約された。こうした状況の中で、地方の都市開発等の強いニーズに基づいて拡大したのが、地公体とその外郭団体である地方融資平台からの投融資である。

過剰債務問題の3分類

 すなわち、中国の過剰債務問題は貸し手側から見れば、

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