2度目の会談はなぜ失敗したのか? 再選に向けトランプ大統領が抱える幾つもの課題
2019年03月08日
ベトナムで先月末に開かれた2回目の米朝首脳会談は事実上、決裂して終わりました。トランプ米大統領は今回、なぜ合意を避けたのでしょうか。アメリカ政治に詳しい中林美恵子・早稲田大学教授に聞きました。(聞き手 朝日新聞WEBRONZA編集長・吉田貴文)
2月27、28の両日、ベトナム・ハノイで開かれた米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の2回目の米朝首脳会談が事実上、「決裂」で終わったことは、トランプ米大統領を取り巻く政治環境が、シンガポールで1回目の米朝首脳会談が開かれた昨年6月とは大きく変わっている実情を印象づけました。
いったい何が変わったのか? それは、アメリカ国内の政治状況、とりわけ議会をめぐる状況の変化に他なりません。
そんななか、トランプ大統領が断行した史上初の米朝首脳会談は大いに効き目を発揮しました。トランプ氏は、核兵器を持とうとする北朝鮮に待ったをかける平和の使者、ノーベル平和賞にも値するリーダー、というイメージづくりに成功し、支持率も上がりました。ロシアゲートがもたらすダメージを払拭する巧みなハンドリングでした。
その成功体験をトランプ大統領は引きずっていました。連邦政府の一部閉鎖による支持失墜や、メキシコとの間の壁建設が民主党の反対で進まず非常事態宣言を出さざるを得なくなった窮状を打開するため、「二匹目のドジョウ」を狙って2度目の米朝首脳会談に前のめりになりました。手柄を挙げようと、北朝鮮の非核化のハードルも大幅に下げました。
そうした思惑を打ち砕いたのが、米朝首脳会談初日の2月27日に米下院で行われたトランプ氏の元顧問弁護士マイケル・コーエン氏の公聴会でした。
コーエン氏はマスコミも入る公開の場でロシアゲートをはじめとするトランプ氏の違法行為の可能性を具体的に証言、アメリカ国民に大きな衝撃を与えました。民主党の狙いどおりテレビは朝から晩まで公聴会のニュースを流し、新聞も大々的に報じました。世間の関心はそちらに向かい、米朝会談がトップニュースを飾れなかったのは、トランプ氏にすれば誤算です。
なぜ、こんな事態になったのか?
要因のひとつは、前回と今回の米朝首脳会談の間に行われた中間選挙(11月6日)で、下院の多数を野党・民主党が占めたことです。下院の主導権を握った民主党は公聴会を米朝会談にぶつけ、世論を引きつけることに成功しました。
国内政治が行き詰まると、大統領の専権事項である外交や安全保障で挽回するというのが、中間選挙までのトランプ氏の手法でした。前回の米朝首脳会談はその格好の例でしたが、今回の米朝会談で明らかになったのは、外交であっても議会と無縁でいられない現実でした。権力チェックの大きなエンジンを議会が握った。そのエンジンの大きさにトランプ氏は事前に気がつきませんでした。
ただ、こうした情勢の変化をベトナムにいる間に気がついたトランプ氏はさすがです。普通の政治家だと、そのままいってしまうのですが、ベトナムでテレビを見て世論の動向を知り、1回目との違いを察した。そして、おそらくポンペオ国務長官の助言に従って踵を返した。あくまでも決めたのは大統領ですが。
会談後、トランプ氏とポンペオ氏が並んで記者会見している光景は、土壇場でポンペオ氏がささやき力を使った。それに世論の動向に敏感なトランプ氏が耳を傾け、受け入れたことを示唆しているように思います。
政治環境が中間選挙前とは激変したトランプ大統領には今後、さまざまな試練が訪れるでしょう。まずは予算です。予算の編成権限は議会にある。民主党が多数を占める下院はもとより、上院でも民主党がフィリバスター(長時間の演説)などの手段を使って対決姿勢を見せるだろうことは明らかです。
トランプ大統領としては専権事項である外交で得点を稼ぎたいところですが、今回の米朝首脳会談のように民主党がつぶしにかかる可能性があります。アメリカの議会が果たすチェック・アンド・バランス、統治機構の難しさにトランプ氏がいよいよ直面したかたちです。
その意味で、これまでの2年間、トランプ氏はアウトサイダーといて振る舞ってきました。たとえば以前の大統領たちが何もしなかったから、この様だと言い募る。いわく、
「朝鮮問題に対して、オバマ政権もブッシュ政権もクリントン政権も無策だったので、自分は今、こういう目にあっている」
「移民問題も、今までの政権が何も手を付けてこなかったから、いま自分は苦しめられている」
という具合です。
問題は、これからの2年間もそれができるかどうかです。
今回の米朝会談での見込み違いは、アウトサイダー的な手法だけでは政治が回らないことを鮮明にしました。ワシントンに割拠する人々の多様な意見をまとめるワシントンの政治技術を身につけないと、物事が進められない段階にきたということでしょう。
トランプ氏が2020年に大統領選に出るとすれば、本人の意図とは裏腹にインサイダーと見なされます。なにしろ現職の大統領ですから。大統領としてどれだけ実績を積んだか、どういう政権運営をしたかが問われます。インサイダーとしての手腕が必要になるのです。
考えられるのは、議会の承認を得ずに、行政権を行使できる「大統領令」を駆使して独自の施策を行使することですが、これも簡単ではありません。トランプ氏は大統領選でオバマ大統領の大統領令を批判し、自分が大統領に就任するとことごとくひっくり返しました。トランプ氏の言い分は「大統領令で仕切るのは憲法違反」でした。そう考えると、これもなかなか使いにくい。前途は多難です。
ワシントン情報によると、ライトハイザー米通商代表が最近になって、トランプ氏から煙たがられていると言います。中国に「貿易戦争」を仕掛けたトランプ氏ですが、通商協議で中国に厳しい要求を突きつけ過ぎると、株価が乱高下することが分かり、米中合意に傾いています。ウォールストリートやビジネスパーソンの声、株の値動き、世論に敏感な大統領らしい反応ですが、その分、対中国強硬派のライトハイザー氏の溝が深まっているというのです。
「成果」を焦るトランプ氏が中国との交渉に前のめりになり、安易な合意を選ぶ可能性があるという点で、まさに北朝鮮と同じパターン。中国は「知的財産権」の侵害などの「構造問題」を抱え、その是正は日本や欧州などとも共有する課題だけに、トランプ氏のこうした姿勢に懸念を持つエキスパートは少なくないですが、
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