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小手先ではない虐待対策を。それは政治の務め

政策を作ったのに、想定できたのに、防げなかった悲しい事件。もう繰り返したくはない

三輪さち子 朝日新聞記者

政治は虐待を引き起こす社会的背景に目を

 最後に、虐待をなくすため、政治家が果たすべき役割について、考えたい。

 まずは、子どもの命の優先順位を上げることだと私は思う。具体的には予算の配分であり、法制化であり、政策だ。

 国立社会保障・人口問題研究所の調べによれば、日本は、家族政策に対する政府支出は、GDP比で1.29%(2016年度)。フランスは2.96%、ドイツは2.28%、イギリスは3.57%、スウェーデン3.54%(いずれも2015年度)だ。

 たとえば、児童相談所の態勢は、地域によってばらつきが大きい。子どもの命に関わる問題を「財源がない、人がいない」という言い訳で自治体まかせにするのではなく、国が責任をもつべきだ。

 もう一つは、虐待を引き起こす社会的背景に向き合うことではないだろうか。貧困や、格差社会、女性の生きづらさなど、社会全体のひずみの表れだと受け止めるべきだ。

 先ほどの西澤さんはこんな指摘をしていた。虐待死亡事件の検証の中で、加害者が虐待に至る背景は置き去りにされているという。有識者による検証委員会が、調べようにも、加害者である親は逮捕されていて、アクセスできない。イギリスでは、検証委員会に強い権限があり、逮捕されている親に接触することができるという。

 生活が苦しかったのか、社会から孤立していたのか、職場でストレスを抱えていたのか、あるいは親自身の生い立ちに何か問題があったのか……。親を加害者にしてしまった原因が、この社会のどこかにあるのではないか。そうした視点から、この社会の問題をとらえることが、政治の役割だろう。

 虐待件数が、毎年、うなぎ登りで、年間13万件を超える状態はやはり異常だ。虐待に対する意識が高まったから通報が増えたという分析が主流だが、そうだとしても、何万人という子どもたちの「悲鳴」が、何を意味しているのか。

 為政者にとっては認めたくない現実かもしれない。しかし、政治家こそ、この問題にもっと向き合うべきだと私は思う。

 政治家にとって、子どもの問題は「票にならない。カネにならない」テーマだろう。教育無償化や、待機児童問題はようやく政治課題になってきたが、虐待に苦しむ子どもたちや、親から引き離された子どもたちの思いを代弁する政治家は少ない。

 しかし、本来、社会の中で弱い立場にある人たちを救うことが政治の役割のはずだ。「ひどい親のもとに生まれてしまった、かわいそうな子ども」として、個人に責任を押しつけていないか。

 命が失われてから、「なぜ救えなかった?」と責任をいくら問いただしても、命は戻らない。虐待によって子どもの命が失われることを「想定内」にすべきではない。

拡大Lightspring/shutterstock.com

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筆者

三輪さち子

三輪さち子(みわ・さちこ) 朝日新聞記者

2006年、朝日新聞社に入る。横浜、徳島総局を経て2011年から政治部。民主党政権では事業仕分け、自民党政権では自民党幹事長番、防衛省などを担当。2017年から世論調査部。オピニオン編集部を兼務。関心のあるテーマは虐待・貧困などの「子どもをめぐる問題と政治」。趣味はカバン作り。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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