実は大阪都構想の実現につながらないダブル選挙。有権者が判断材料にするべきは……
2019年03月12日
大阪都構想の実現を理由として、大阪府知事の松井一郎氏と大阪市長の吉村洋文氏がともに辞職し、松井氏が大阪市長に、吉村氏が大阪府知事に立候補する「大阪入れ替わりダブル選挙」を行うとことになりました。
ご承知の通り私は維新とは因縁が浅くないのですが、それゆえに分かる部分も大いにありますので、この「大阪入れ替わりダブル選」を有権者はどう判断すべきか、私の立場から解説させていただきたいと思います。
さて、これは意見の分かれるところでしょうが、かねて公言している通り、実は私は「大阪都構想」というか、「府(県)と県庁所在地である政令市との役割分担の見直し」には賛成です。
常に「悲しい」という枕詞(まくらことば)がついて恐縮ですが、悲しいことに短期間とは言え知事をやってみると、県における県庁所在地である政令指定都市(私が知事をつとめた新潟県なら新潟市)の県全体に占める重要性には、否が応でも気がつきます。また、地方においても都市部への人口の集中が進む現在、県全体の発展を考えた時、県と、県庁所在地である政令指定都市の連携は欠かせません。
ところが現行制度では、県と政令指定都市がほぼ似た権限を有しており、県の中にふたつの県があるような状態で、どうしても綱引きが生じてしまいます。人口減少もあって、県全体における都市部と地方部の役割分担の見直しと集約化が必要になるこれから、「府(県)と県庁所在地である政令市との役割分担の見直し」はどうしても必要になる政策課題だと思います。
では、そのように一定の意義があると思われる大阪都構想が頓挫し続けているのは、なぜでしょうか?
私は、「府(県)と県庁所在地である政令市との役割分担の見直し」が必要であるとしても、どのように見直すか、どんな制度をつくるかについては、それこそさまざまな意見があり、それぞれから賛否がでるのは当然だからだと考えます。
さまざまな意見や賛否を集約し、ひとつの案にするには民主的な手続きが必要です。特別区を設置する手続きとしては、2012年に「大都市地域における特別区の設置に関する法律(以下「大都市地域特別区設置法」とします。)」が法定されているので、まずこれを見てみましょう。
大都市地域特別区設置法
第4条(特別区設置協議会の設置)
(1)特別区の設置を申請しようとする関係市町村及び関係道府県は、地方自治法第252条の2の2第1項の規定により、特別区の設置に関する協定書(以下「特別区設置協定書」という。)の作成その他特別区の設置に関する協議を行う協議会(以下「特別区設置協議会」という。)を置くものとする。
(2)特別区設置協議会の会長及び委員は、地方自治法第252条の3第2項の規定にかかわらず、規約の定めるところにより、関係市町村若しくは関係道府県の議会の議員若しくは長その他の職員又は学識経験を有する者の中から、これを選任する。
第5条(特別区設置協定書の作成) 特別区設置協定書は、次に掲げる事項について、作成するものとする。
(1)①特別区の設置の日
②特別区の名称及び区域③特別区の設置に伴う財産処分に関する事項④特別区の議会の議員の定数⑤特別区とこれを包括する道府県の事務の分担に関する事項⑥特別区とこれを包括する道府県の税源の配分及び財政の調整に関する事項⑦関係市町村及び関係道府県の職員の移管に関する事項⑧前各号に掲げるもののほか、特別区の設置に関し必要な事項
第6条
(1)関係市町村の長及び関係道府県の知事は、前条第六項の規定により特別区設置協定書の送付を受けたときは、同条第五項の意見を添えて、当該特別区設置協定書を速やかにそれぞれの議会に付議して、その承認を求めなければならない。
第7条
(1)前条第三項の規定による通知を受けた関係市町村の選挙管理委員会は、基準日から六十日以内に、特別区の設置について選挙人の投票に付さなければならない。
この法律により、大阪に特別区を置くためには特別区設置協議会を設定し、特別区設置協定書を作成しなければなりません。その協議書が第6条によって府議会、市議会で承認されて初めて第7条によって住民投票に付されます。
さらに地方自治法252条の2に基づき、大阪府議会、大阪市議会で承認された特別区設置協議会の規約は、協議会の行う事務と、その委員の選任について以下の様に定めます。
協議会規約
第3条(協議会の担任する事務)
(1)協議会は、次に掲げる事務を行う。
①大阪市の区域における特別区設置協定書(法第4条第1項に規定する特別区設置協定書をいう。次条において同じ。)を作成すること。
②前号に掲げるもののほか、大阪市の区域における特別区の設置(法第2条第3項に規定する特別区の設置をいう。次条において同じ。)に関し必要な協議を行うこと。
(2)協議会は、前項各号に掲げる事務を遂行するために必要な範囲内において、総合区の検討の状況に関し、報告を求め、協議を行うことができる。
第5条
(1)協議会は、会長及び委員19人をもって組織する。
(2)会長は、次に掲げる者のうちから、これらの者の協議を経て、大阪府知事及び大阪市長が選任する。
①大阪府知事
②大阪市長
③大阪府の議会の議長及び大阪府の議会が推薦した大阪府の議会の議員 9人
④大阪市の議会の議長及び大阪市の議会が推薦した大阪市の議会の議員 9人
この大阪協議会規約に基づき、基本府議会、市議会の各党派の人数割りで議員が選任された結果、現在、
会長 維新 1人
大阪府 維新 4人 自民 3人 公明 2人
大阪市 維新 3人 自民 2人 公明 2人 共産 1人
で、19人中 維新 8人 非維新 11人(自民 5人 公明 4人 共産 1人)
という構成になっています。
そして、この協議会で、公明党が「大阪都構想は、大阪市を廃止して特別区に分割するという市民生活に多大な影響のある自治体再編なのに、議論が尽くされていない」として維新への協力を拒んだことから、維新の提案した協定書案が承認されず、大阪都構想の実現が頓挫しているのです(さらに、維新は大阪府議会、市議会で第一党ですが、過半数を持たないので、協議会で協定書が承認されても、公明党の協力がなければ府議会、市議会で承認されません)。
これに対して維新側は、「特別区設置協議会は協定書を作成する場であるから、必ず協定書を作成しなければならない。協定書の作成を進めないのはけしからん!」という主張を展開しているのですが、この主張には何の根拠もありません。
確かに、先に挙げた協議会規約第3条で、協議会は協定書を作成することとされていますが、この協議会は大都市地域特別区設置法4条を受けたものです。条文を読む限り、協議会は「協定書の作成その他特別区の設置に関する『協議』を行う」のであり、そこには「協定書を作成するかしないか」、「特別区を設置するかしないか」の協議も含まれていると解釈するのがふつうだからです。
維新側の主張は、率直に言って、弁護士的には「トンデモ解釈」、政治的には「あからさまな屁理屈(へりくつ)」と言って差し支えないものであると思います。
しかし維新は、この「あからさまな屁理屈」にのっとって、協定書案の承認がないまま、松井知事、吉村市長の任期に間に合うよう、統一地方選終了後の5月末に法定協議会を再開し、8月ごろに協定書を仕上げ、11月の府知事、大阪市長のダブル選挙の投開票日と同日で住民投票を実施する、という工程表を協議会で提案したのです(つまりそれまでにかならず協議会で協定書案を承認し、府議会、市議会の承認を得るということです)。
しかし、報道されている通り、この提案は公明党の賛成は得られず、維新以外の全会派の反対で否決されました。そこで、公明党を裏切り者扱いして、今般の「入れ替わりダブル選挙」に踏み切ったわけです。
現在、大阪都構想が頓挫しているのは、首長と議会の「二元代表制」において、首長と議会の多数派の意見が異なっており、首長の提案である協定書案に対して委員や議員の合意が得られないからという、極めてありふれた理由によるものです。維新が言い募っているように、公明党が何か特別な裏切りをしたからでも,維新以外の各会派各委員が法律に反する理不尽なことをしたからでも、まったくないのです。
では、頓挫している大阪都構想を進め、実現するにはどうしたらいいでしょう?答えは極めて簡単です。法定協議会で協定書の承認を取ったうえで、議会で承認を得ればよいのです。
もしそれがどうしても難しいなら、府議会、市議会の議決で委員を入れ替えればよいのです。
もちろん、現状では先に述べた通り、維新は府議会や市議会で過半数を有していないので、単独では困難でしょう。だが、極めてグッドタイミング(苦笑)なことに、4月7日には大阪府議会議員選挙・大阪市議会議員選挙があります。ここで維新が多数をとれば、協定書の承認→住民投票までトントン拍子で進みます。
つまり、まずは協議会において公明党ほかの各会派各委員が妥協できる協定書案を作成する真摯(しんし)な努力をすること。それが不可能なら、1カ月後に実施される府議会議員選挙や市議会議員選で多数を取ることこそが大阪都構想を進める解決策であり、それさえできれば、大阪都構想は特段の障壁はなく、少なくとも住民投票までは進むことは明らかです。
これに対し、大阪都構想の頓挫状態を解消する切り札のごとく登場した入れ替わりダブル選挙は、大阪都構想の頓挫状態の解消には一切つながりません。
理由は簡単です。松井知事、吉村市長自身も言っている通り、現状は両方が維新の知事、市長であり、ダブル選挙で維新が勝ってもそれは変わらない。協定書案も変わらず、協議会の委員構成も変わらず、会派構成も変わらない以上、協定書案は協議会でも府議会、市議会でも承認されないのは明らかだからです。
松井知事、吉村市長はもうひとつ、「現在の任期以内に住民投票を行うのが公約」であり、公約を守るためには入れ替わりダブル選挙が必要であると主張しています。これは本当でしょうか?
この主張の前提となるのは、入れ替わりダブル選挙をすれば「任期が延びた」と言えることですが、選挙で両方が当選したとして、それはともに新たな任期を得たのであって、現在の任期は、普通に考えれば辞任した時点で終わります。言い換えれば、入れ替わりダブル選挙は、これをしなければ、11月の任期終了までは公約実現の可能性があったものを、あえて残りの任期を放棄し、公約を不履行を確定する行為であって、公約を守るための手段とはなりえないのです。これもまた、「あからさまな屁理屈」であると、私は思います。
では何故、松井知事、吉村市長は入れ替わりダブル選挙をしようとしているのでしょうか。
これに加えて、第二の理由として、仮に府議選、市議選で勝てなくても、知事選、市長選で勝ったから都構想は支持されているのだという理屈で、特別区設置協議会の、特に公明党の委員を説得しようと考えているからだと思われます。
ここでも再び「悲しい」という枕詞をつけてしまいますが、悲しいことに短いながら知事を務めた経験から、首長選挙、特に知事選挙における現職の圧倒的有利を、私は強く実感しました。
首長、特に知事は、県単位の地方テレビや地方新聞のローカルニュースでは、ほとんど毎日出ずっぱり。一期も務めれば、府(県)内では圧倒的知名度を得ます。市長はマスコミへの露出はそれほどではありませんが、市内のイベントとなればこれもまた出ずっぱりで、市内の知名度はやはり圧倒的になります。選挙となれば、政策や人物の良し悪しに関わらず、現職が圧倒的有利となります。
今般の入れ替わりダブル選挙でも、投票日はいまから1カ月後。反対陣営が知名度の高い候補を補擁立することは容易ではなく、候補者が入れ替わっているとは言え、知事選も市長選もそれぞれの現職優位は否めないと思います。
一方、府議選、市議選は基本的に「地上戦」が主体になる中~大選挙区ですので、日頃の活動や地縁・血縁が結果を大きく左右し、一時に比べかなり集票力の衰えている現在の維新が、単独で過半数を取ることは、容易ではありません。
もちろん選挙は水ものですが、ふつうに考えれば、入れ替わりダブル選挙をしても、知事選・市長選は現職の維新が有利でも、府議選・市議選は維新の単独過半数獲得はかなり困難だと見られるのです。
要するに、ダブル選挙は、構造上、圧倒的に現職が有利な知事選・市長選を利用しての、「府議選、市議選の応援もしくは、負けた場合の言い訳作り」に過ぎず、端的に言うなら、「大阪地方選挙お化粧目的」としか言いようがありません。
まとめましょう。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください