山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト
元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
理由の多くは男性の「嫉妬」。3月8日国際女性デーで「男女平等」が叫ばれるのに……
フランスで一般的に「DV殺人事件」が注目されるきっかけになったのは、2003年夏にリトアニアの首都ビリニュスで発生した、フランスの女優マリー・トランティニアンが愛人の人気ロック歌手ベルトラン・カンタに撲殺された事件だ。
彼女は名前からも察せられるように、名画「男と女」の主演男優ジャン=ルイ・トランティニアンの娘だ。仏版アカデミー賞「セザール賞」の主演女優賞や助演女優賞の候補にも何度か指名された個性的な演技派女優である。
事件当時、マリーは母親の映画監督ナジーヌ・トランティニアンの作品に主演中で、ビリニュスにはロケで滞在していた。当時、マリ―とカンタは熱々の仲。カンタには妻子がいたが、半年前から2人は同居していた。カンタはマリーをロケ地まで追いかけて来ていたが、仕事優先の彼女に不満を募らせていた。
激しい口論の末、カンタは数回、マリ―の顔面などを殴打。倒れたマリーをベッドに運んだが、そのまま放置して寝てしまった。翌朝、意識不明の状態で発見されたマリーはフランスに移送され、数日後に脳浮腫で死亡した。享年41歳。4児の母。末の2人の子供の父親は同じだが、上の2人の父親はそれぞれ異なる。
カンタは、冷たくされたことで、「ほかに誰かいるのかも……」と嫉妬を募らせたようだ。カンタは逮捕され、04年にリトアニア地方裁判所で過失致死罪で懲役8年の判決を受けたが、07年に仮釈放になり、フランスに帰国した。
その後、ロック・グループ「黒い欲望」に復帰、歌手活動を再開したので、マリ―側の親族や友人らは、「刑が軽すぎる」と反発。女性団体などの抗議運動も加わって、カンタは結局、歌手活動を停止した。彼の妻が事件後、自殺したこともあり、「DV」の常習犯だったのではと疑われている。
殺人には至らないまでも、DVは絶えず、被害者の数は毎年、約22万人にのぼるの被害者が発表されている(仏内務省)。マリ=ピエール・リクザン国民議会(下院)女権代表団団長が2月に提出した女性受難の報告書は、さらに恐ろしい。2017年度のレイプ及びレイプ未遂の被害者は約25万人。内訳は、女性9万3000人、男性1万5000人、未成年15万人にのぼる。
ハリウッドの大物プロデューサーの「セクハラ・レイプ事件」が発覚して以来、フランスでも「#MeToo」とばかりに、これまでの「泣き寝入り」を返上し、今こそ反撃に出るチャンスと考えている女性は少なくない。それでも、レイプの被害者が提訴するのは約9%だ。
警察での被害状況の詳細な説明や証拠提出、公判での証言など「2度レイプされる」との批判がある苛酷(かこく)な状況を前にして、二の足を踏むケースが多いからだ。そのうえ、辛い試練に耐えて公判に臨んでも、証拠不十分なので加害者の10人に1人しか有罪にならないのが現状だ。
以前、停車駅の間隔が比較的長いパリ郊外を走行の高速地下鉄内で白昼、レイプされたケースがあった。乗客は見て見ぬふりだった。一般的に、被害者への同情や理解が周囲の人に少ないうえ、後難や警察の捜査に協力した場合の煩雑さを恐れてのことだ。以来、同線を利用する女性は、昼間でも一人では乗らないようにしているといわれる。
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