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DV被害で3日に1人女性が死亡するフランス

理由の多くは男性の「嫉妬」。3月8日国際女性デーで「男女平等」が叫ばれるのに……

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

 wavebreakmedia/shutterstock.com wavebreakmedia/shutterstock.com

女性はやはり「弱き者」なのか

 3月8日は「国際女性デー」。今年も世界中で「男女平等」が声高に叫ばれた。

 だが、実態はどうだろう。依然として女性は、やはり「弱き者」を感じさせる現実が世の中には満ちている。

 たとえば日本。千葉の小学4年の心愛さんが、父親による虐待で死亡した事件では、母親が夫の家庭内暴力(DV)を回避するために、虐待を傍観し、虐待の“共犯者”になった可能性が指摘されている。

 私が住むフランスでも、夫、あるいは同居人や元カレにDVを受けて「3日に1人が死亡」という衝撃的な数字が発表された。「2017年度のDVによる死者は107人」(仏内務省)というデータもある。この数字は女性の犠牲者だけだが、子供25人、男性16人の犠牲者数と比べ、ずば抜けて多い。2016年は女性犠牲者が123人だったので、「改善された」(同)と関係者は多少、愁眉(しゅうび)を開いているが、それでいいの、と疑問が募る。

 ちなみにマルレーヌ・シアッパ首相付き男女平等・差別対策担当副大臣によると、今年はすでに新年から2月末までに、30人がDVで殺害されており、楽観は許されない状況だ。

衝撃的だった2003年のDV殺人事件

 フランスで一般的に「DV殺人事件」が注目されるきっかけになったのは、2003年夏にリトアニアの首都ビリニュスで発生した、フランスの女優マリー・トランティニアンが愛人の人気ロック歌手ベルトラン・カンタに撲殺された事件だ。

 彼女は名前からも察せられるように、名画「男と女」の主演男優ジャン=ルイ・トランティニアンの娘だ。仏版アカデミー賞「セザール賞」の主演女優賞や助演女優賞の候補にも何度か指名された個性的な演技派女優である。

 事件当時、マリーは母親の映画監督ナジーヌ・トランティニアンの作品に主演中で、ビリニュスにはロケで滞在していた。当時、マリ―とカンタは熱々の仲。カンタには妻子がいたが、半年前から2人は同居していた。カンタはマリーをロケ地まで追いかけて来ていたが、仕事優先の彼女に不満を募らせていた。

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 激しい口論の末、カンタは数回、マリ―の顔面などを殴打。倒れたマリーをベッドに運んだが、そのまま放置して寝てしまった。翌朝、意識不明の状態で発見されたマリーはフランスに移送され、数日後に脳浮腫で死亡した。享年41歳。4児の母。末の2人の子供の父親は同じだが、上の2人の父親はそれぞれ異なる。

 カンタは、冷たくされたことで、「ほかに誰かいるのかも……」と嫉妬を募らせたようだ。カンタは逮捕され、04年にリトアニア地方裁判所で過失致死罪で懲役8年の判決を受けたが、07年に仮釈放になり、フランスに帰国した。

 その後、ロック・グループ「黒い欲望」に復帰、歌手活動を再開したので、マリ―側の親族や友人らは、「刑が軽すぎる」と反発。女性団体などの抗議運動も加わって、カンタは結局、歌手活動を停止した。彼の妻が事件後、自殺したこともあり、「DV」の常習犯だったのではと疑われている。

レイプをめぐる恐ろしい状況

 殺人には至らないまでも、DVは絶えず、被害者の数は毎年、約22万人にのぼるの被害者が発表されている(仏内務省)。マリ=ピエール・リクザン国民議会(下院)女権代表団団長が2月に提出した女性受難の報告書は、さらに恐ろしい。2017年度のレイプ及びレイプ未遂の被害者は約25万人。内訳は、女性9万3000人、男性1万5000人、未成年15万人にのぼる。

国際女性デーにレピュブリック広場で男女平等の実現を訴えるデモに参加する人々=2010年3月8日、パリ国際女性デーにレピュブリック広場で男女平等の実現を訴えるデモに参加する人々=2010年3月8日、パリ
 ハリウッドの大物プロデューサーの「セクハラ・レイプ事件」が発覚して以来、フランスでも「#MeToo」とばかりに、これまでの「泣き寝入り」を返上し、今こそ反撃に出るチャンスと考えている女性は少なくない。それでも、レイプの被害者が提訴するのは約9%だ。

 警察での被害状況の詳細な説明や証拠提出、公判での証言など「2度レイプされる」との批判がある苛酷(かこく)な状況を前にして、二の足を踏むケースが多いからだ。そのうえ、辛い試練に耐えて公判に臨んでも、証拠不十分なので加害者の10人に1人しか有罪にならないのが現状だ。

 以前、停車駅の間隔が比較的長いパリ郊外を走行の高速地下鉄内で白昼、レイプされたケースがあった。乗客は見て見ぬふりだった。一般的に、被害者への同情や理解が周囲の人に少ないうえ、後難や警察の捜査に協力した場合の煩雑さを恐れてのことだ。以来、同線を利用する女性は、昼間でも一人では乗らないようにしているといわれる。

メディアの世界に多い被害者

 レイプの場合、3人に1人は「職場」で被害を受けており、しかも、加害者は「上司」が多いという調査結果もある。セクハラにパワハラが加わった最悪のケースだ。驚いたことに、「セクハラ」や「性差別」を糾弾する側のメディアの世界に被害者が多い。シアッパ副大臣によると、女性ジャーナリスト及びジャーナリスト学校の実習生を対象に調査したところ、1837人の回答のうち1500人が「セクハラ」を受けたと回答。うち2人はレイプされたと告白した。

 メディアの中でも、「容姿」や「外見」が問題になるテレビ界でこの傾向が強いという。「ブス!」「引っ込んでいろ!」「もっと胸を見せろ」などの侮蔑的な言葉は日常茶飯事とか。

 欧州就業女性の反セクハラ、反パワハラ会(AVFT)のマリーン・バルテーク会長によると、セクハラ問題のセミナーなどの後、取材に来ていた女性ジャーナリストから“身の上相談”をされる場合が度々あり、メディアの世界でセクハラ被害者が多いことを実感しているそうだ。日本の場合も、同様の傾向があるのか、ないのか。

「男女平等」を最優先するマクロン政権

 マクロン政権は「男女平等」を最優先政策のひとつに掲げている。3月8日の「国際女性デー」を前に、シアッパ副大臣が6日の閣議で発表したところによると、「男女平等」関連の具体的政策が百あるほか、年間予算5億3000万ユーロ(1ユーロ=約125円)は、この分野での「過去最高額」だ。

 副大臣はそのうえで、昨年8月3日採択の新法「反性暴力と反性差別」の施行状況などを説明した。同法では、男性が道路で通行人の女性を、「スカートが短いぞ!パンツ丸見え」なんてからかっても、「セクハラ」とみなして罰金刑に処すという厳しい内容だ。痴漢の場合は即、罰金刑に処せられる。初犯が1500ユーロ、再犯の場合は3000ユーロと高額だ。

 副大臣によると、年間数千人の女性や同性愛者が犠牲になるインターネットによるサイバー・ハラスメントに対しては、電話相談が24時間可能な特別回線「3919」を増設した。警察、緊急隊員、病院とも連携を取り、加害者の特定や逮捕などに貢献している。この数年、被害者が増加の一途にある分野だけに、さらなる対抗策も検討中だ。

 Mascha Tace/shutterstock.com Mascha Tace/shutterstock.com

DVの理由、フランスでは「嫉妬」

国際女性デー関連イベント終了後、会場で集合写真に納まる(手前左から)増田明美さん、角田光代さん、大崎麻子さん=2019年3月7日、東京都港区国際女性デー関連イベント終了後、会場で集合写真に納まる(手前左から)増田明美さん、角田光代さん、大崎麻子さん=2019年3月7日、東京都港区
 日本の場合、仕事上の不満や職場の人間関係の鬱積(うっせき)から、そのはけ口を弱者の妻や子供に向け、DVに走るケースが多いと指摘されている。千葉の「心愛さん虐待事件」でも、父親は職場や近所の人からは「良い夫、良いお父さん」との評判を得ていたという。実際は、こうした評判を得るために、無理していたわけだ。そのはけ口、鬱積の犠牲になったのが、身近の妻と幼い子供だったのではないか。

 フランスの場合はどうか。マリー・トランティニアンの撲殺事件にみられるように、

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