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習近平の白髪のわけ

全人代に出席した国家主席。「頭」になぜか白いモノが…。世界が注目するナゾに迫る

古谷浩一 朝日新聞論説委員(前中国総局長)

全人代の開幕式に臨んだ習近平国家主席=2019年3月5日、北京

世界が注目した「白髪」

 あれっ、何やら白いモノが……。

 中国中央テレビで映し出される習近平国家主席の姿を見ていて、その頭部にある白髪に目が吸い寄せられた。しかも、黒髪に混じりながらも画面ではっきりと分かるほど、かなり目立つ白さである。

 いったいどうしたのか。ひょっとして、竹のベールで閉ざされた中国政治に何らかの異変が起きているのだろうか。

 注目されたのは、3月15日閉幕の全国人民代表大会(全人代)の壇上での姿である。

 中国共産党の指導者たちといえば、そのパワーと若さを見せつける政治的な意味で、高齢になっても黒髪でありつづけるというのが定番である。もちろん白髪の指導者もいるが、白髪染めで黒くするのが当然とされてきた。

 65歳の習氏もこれまでは真っ黒な髪で知られてきた。こんなにはっきり白髪を見せるようになった理由は何か。

 何しろ指導者が鼻風邪をひいても国家最高機密とされるお国柄である。世界のいくつかのメディアが独自の見方や臆測を伝え始めたのも当然だろう。

 本稿ではそれらを紹介しつつ、実際のところは何なのか、筆者なりの分析をしてみたい。

悩みが多い? 染め忘れるほど忙しい?

 まずは、一部の香港メディアが伝える「悩みが多く、急に白髪になってしまった」説。確かに米中対立や中国の経済成長率の鈍化など、中国は今、内憂外患。習氏の悩みが多そうなのはその通りだ。

 しかし、これには有力な異論がある。習氏は元々、白髪が多かったが、これまでは白髪染めで黒い髪にしていた、急に白髪が増えたわけではない、という反論だ。

 根拠は、2016年の中国中央テレビの報道。習氏を知る全人代の上海市代表の一人が、その時点で、習氏の頭髪の右側部分に白髪の束があったと明かしていたというのだ。

 過去数年の習氏の写真を詳細に調べてみた。すると、明らかなのは、2012年に共産党トップの総書記に就任したときは真っ黒だったということ。その後、白いモノが少し見える写真が、いくつかあった。確かに白髪を染めていたという言には説得力があるように思う。

 いずれにしろ今回の全人代では、その白さがはっきりした。香港メディアのなかには、中国の学者の話として「仕事が忙しくて髪を染め忘れた」との見方を伝えるところもある。

 しかし、それはどうだろうか。白髪染めも忘れるほど、国家のために誠心誠意に仕事をしているのだというのはどうだろう。否定する材料もないのだが、なんだか習氏をたたえるプロパガンダ臭い感じがする。

全人代の開幕式に臨んだ習近平国家主席=2019年3月5日、北京

 2008年の四川大地震の直後に当時の温家宝首相が被災地入りした際、温氏の髪に少しずつ白いモノが目立ち始めたのが、話題になったことがある。

 白髪を染める時間の余裕がないほど、温氏が忙しかったのだと言われた。このときも宣伝色の強い話だと感じたが、一方で、死者・行方不明者が約9万人に上る大災害の対応を温氏は現地入りしてこなしていた。本当でもまったくおかしくないと多くの中国人が思ったことは事実だ。

 それに比べると、今の習氏は本当に白髪染めもできないほどに忙しいのだろうか。私にはちょっと疑問である。

野心がないことを示す「白髪」

 一方、ニューヨーク・タイムズ紙は、黒い髪はこれまで「共産党員のユニホーム」であり、幹部の「ステータスの象徴だった」と書く。

 2015年、党内序列9位まで上り詰めた元政治局常務委員の周永康氏が汚職で拘束され、被告として裁判に出てきた際、それまで真っ黒だった髪がほぼすべて白く変わっていた。この髪の色の変化は、周氏の失脚を誰の目にもはっきりと知らしめたと同紙は言う。

 習氏はこれまでも鄧小平以降の中国政治の法則を破ってきた。「彼はそのままの自分を見せることを恐れないのだ」といった中国市民の声を同紙は伝えている。

 一方で、実際には、これまでも白髪の党指導者がいなかったわけではない。

 たとえば、現在の党指導部の政治局員のなかでも、白髪を染めずにそのまま見せている幹部がいる。広東省書記などを務めてきた胡春華副首相だ。

全人代で副首相に選出された胡春華氏=2018年3月19日、北京

 胡氏の場合、党のエリート養成機関である中国共産主義青年団(共青団)の幹部出身であることが、白髪を染めない理由ではないかと言われてきた。

 共青団は、胡錦濤前国家主席の出身母体であり、習近平体制では「冷や飯を食わされている」(外交筋)状態。それだけに習体制に対する何ら野心はないということを白髪を染めないことで暗に示しているのではないかというのだ。

 同じようなケースは、王毅国務委員兼外相にも当てはまる。最近、急速にロマンスグレーの感が強まった王毅氏だが、これも何やら特別な理由があるのではとの臆測がある。

記者会見で質問に答える中国の王毅・国務委員兼外相=2019年3月8日、北京、

 というのは、王毅氏の中国外務省入省の一年先輩にいるのが、楊潔篪・党政治局員だからだ。中国外交の指導者ラインにおいては、王毅氏は楊氏に次ぐ微妙なナンバー2の座にいるわけだ。

 しかも、最近の米中対立を見れば、駐米大使などを歴任した米国通の楊氏が今、政治的に難しい立場にいることは想像に難くない。それだけに自分が楊氏の跡を襲うようなつもりはないことを王毅氏は白髪によって暗に示そうとしているのでは、との見方が出ていると聞いた。

 一方、米中貿易摩擦で中国側の現場での交渉トップ、劉鶴副首相も真っ白な頭だ。

米ホワイトハウスでトランプ大統領や政府高官らと会談する中国の劉鶴副首相(右)=2019年1月31日、ワシントン

 これは劉鶴氏が学者出身であり、習氏に気に入られて二段階飛びの大抜擢で副首相になったため、これ以上の野心がないことを、学者時代の白髪を続けることで周囲に示しているとの見方がある。米中関係の難しい局面は今後も続きそうなので、何かと国内での批判を受けやすい立場を考え、目立たなくしようとしているということか。

白髪三千丈

 さて、ここまでいくつかのケースを見てきて、もやっと分かることがあるのにお気づきだろうか。

 つまり、中国共産党の高官にとって、白髪は忙しさの証明というよりも、政治的に身を低くしていることの表れとして見られることが多いということだ。

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