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“離婚を勧める女”が参院議員になって困ったコト

元参院議員・円より子が見た面白すぎる政治の世界② 石原慎太郎氏の切実な挨拶

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

参議院では通称が使えない!

 選挙は通称名が使えるので、日本新党の参院選比例名簿では「7位・円より子」と出してもらえたのだが、国会では本名しか使えないという。国会議員になって調べるてみると、衆議院では「不破哲三さん」が通称使用を許されていると分かった。参議院ではなぜダメなのか。私はすぐに「通称使用許可願い」を出し、書式もととのえ、議長に会いに行った。

選挙では通称円より子が使えたが、国会では通称使用が許されず、本会議場の名札も「山﨑順子」だった拡大選挙では通称円より子が使えたが、国会では通称使用が許されず、本会議場の名札も「山﨑順子」だった(筆者提供)
 当時の議長は原文兵衛さん。「確かに参院だけ通称使用をさせないというのもおかしいですね」とおっしゃる。ところが、同席していた事務総長が「参院は衆院と違って、権威を重んじます」と異議を唱えた。

 「通称使用許可と権威が関係するのでしょうか」と問う私に、「そうです。変なカタカナの名前は困るんです」。理屈が通らない。

 国民や有権者には、自分が支援した円より子が国会できちんと仕事をしているかどうか、知る権利がある。山﨑順子ではわからないではないか――。そういくら説明しても「カタカナは困る」と事務総長は頑(かたく)なで、「参院は貴族院です」とも言い放つ。当時の参議院には、コロンビア・トップさんなどが在籍していて、そういう漫才師の名前はよくないというのだ。

 それでも私は通称使用許可を諦めなかった。扇千景さんや松あきらさんらを巻きこみ、1997年6月に使用が許可されることになった。ただ、1993年からそれまでのおよそ4年間の私の国会での活動は、議事録も含め、すべて山﨑順子が「主語」になっている。まるで一人の人間が分断されているようである。

 その人のアイデンティティーともからむだけに、名前は大切である。結婚すると名字がかわる女性は、おそらく名前の問題に男性より敏感だ。通称使用許可が、扇さんや松さんら女性議員の後押しもあって実現した背景には、それもあったかもしれない。

日本新党本部にかかった怒りの電話

 話を1993年衆院選に戻す。

 選挙戦たけなわの7月8日(木)、日本新党の党本部に何十本もの電話がかかってきたことがあった。出ると「日本新党はアカか」と言う。細川さんのお膝元である熊本の事務所からは、「円より子なんてクビだ」という怒りの電話もあった。

 オロオロするスタッフから受話器を受け取った永田さん(事務局長)が聞くと、「夕方のテレビニュースを見ていたら、日本新党と共産党は一緒です。一体どうなっているんです」と言う。いったい、どういうこと?

 選対本部長として、私はその日の午後、党本部でテレビ局のインタビューを受けた。PKOや消費税にくわえて聞かれたのが、「君が代・日の丸の学校での強制」についてだった。私は、「学校での強制には反対です」と答えた。

 インタビューの後、私は埼玉県で選挙の応援をしていた。夕方には、大宮に党の大きな街宣車を出し、公募候補の枝野幸男さんの応援演説をし、そのまま党には寄らずに帰宅したから、党本部での騒ぎは何も知らなかった。

政治の世界で脅しは日常茶飯事と知る

1993年衆院選。金丸信・前自民党副総裁の地元甲府市で第一声をあげた日本新党・細川護熙代表=1993年7月4日拡大1993年衆院選。金丸信・前自民党副総裁の地元甲府市で第一声をあげた日本新党・細川護熙代表=1993年7月4日
 それを知ったのは翌日の9日だ。群馬・栃木での応援は取りやめて細川さんの名代で霊友会の集会に顔を出し、挨拶を終えて昼過ぎに党本部へ顔を出すと、スタッフたちが「円さん、昨日は大変だったんですよ」と言う。不思議に思って所長たちに聞くと、「いやぁ、何でもない」と笑っている。釈然とせず、さらにたずねて、やっと真相が見えてきた。
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筆者

円より子

円より子(まどか・よりこ) 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

ジャパンタイムズ編集局勤務後、フリージャ―ナリスト、評論家として著書40冊、テレビ・講演で活躍後、1992年日本新党結党に参加。党則にクオータ制採用。「女性のための政治スクール」設立。現在までに100人近い議員を誕生させている。1993年から2010年まで参議院議員。民主党副代表、財政金融委員長等を歴任。盗聴法強行採決時には史上初3時間のフィリバスターを本会議場で行なった。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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