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黄色いベストとブラック・ブロックの危険な関係

暴力至上主義者との共同戦線で暴動化。「パリ炎上」で支持を失うパリのデモ

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

sebos/shutterstock.comsebos/shutterstock.com

自滅に向かう「黄色いベスト」

 「黄色いベスト」が自滅に向かいつつある。

 3月16日の18回目デモは「パリ集中」「マクロンへの最後通牒」をかけ声に、パリ・シャンゼリゼ大通りで、老舗カフェや有名ブティックはもとより、新聞・雑誌が所狭しと並ぶキオスクまでもが放火、略奪されるという「過去最悪」の事態になった。暴動化の背後には、「黄色いベスト」の一部リーダーが手を組んだ暴力集団「ブロック・ブロック」の存在がある。

 暴動を予知、防備しなかったとして、パリ警視総監も更迭された。昨秋の発足当時は国民の高支持を得ていたが、暴力化と政治化によって、すでに支持率激減だったが、今回の「パリ炎上」で、「黄色いベスト」離れに、さらに拍車がかかりそうだ。

名画の舞台の老舗カフェに放火

 シャンゼリゼ大通りの老舗カフェ「フーケツ」は、名画「凱旋門」の舞台になったことで知られるが、凱旋門や地下鉄の駅にも近く、週末は観光客に交じってパリっ子らが立ち寄る人気カフェ兼レストランだ。サルコジ元大統領が当選の夜、祝宴を開いたことでも知られる。建物の一部は超高級ホテルだ。

 そのカフェがデモ隊の襲撃で放火され、半焼した。周囲の有名ブティックや大手銀行の支店が入っている建物なども軒並みに放火され、略奪された。

 パリ市内の被害は約90件にのぼる。新聞社の特派員時代に毎日、立ち寄ったシャンゼリゼ大通りのキオスクは2件とも全焼だ。胸が痛い。

 なぜ、キオスクなのか?。デモ隊が標榜する、デモも含めた「表現の自由」のシンボルを放火することに、どんな意味があるのか。「黄色いベスト」の「暴力化」と「政治化」、さらに「反ユダヤ主義」への批判を強めているメディアに対する復讐のつもりで、その象徴的存在としてキオスクを襲撃したのか。

極右・極左政党の支持で「政治化」が顕在化

 「政治化」は極右政党「国民連合」(RN、旧国民戦線=FN)党首のマリーヌ・ルペンや極左政党「服従しないフランス」のリーダーであるジャンリュック・メランションが「黄色いベスト」への支持を早々に表明したことで顕在化した。当初、国民の支持率が約70%と高かった「黄色いベスト」を5月の欧州議会選挙(比例代表制)に利用しようとした意図は明白だ。

 さらに、「黄色いベスト」の男性リーダーの1人が、イタリアのポピュリスト政党「五つ星運動」の人気議員ディマイオと密かに会っていたことも判明した。しかも、サルビニ伊内相(ナショナリスト政党「同盟」党首)が同議員の「黄色いベスト」支持を歓迎して支持したことから、駐ローマのフランス大使が一時、本国に召還されるなど、フランスとイタリアの関係も悪化した。

 こうした「政治化」への反発、嫌悪感を決定的にしたのが、「黄色いベスト」の参加者の一部に「反ユダヤ主義者」がいたことだ。

 パリ市内で2月中旬、ユダヤ系哲学者アラン・フィンケルクロートと遭遇したデモ参加者の一人が、「汚いユダヤ人!」などの差別用語で罵倒し、この衝撃的シーンがインターネットで大々的に流布された。「反ユダヤ主義」はナチ占領の経験があるフランスでは刑法で厳罰に処せられる。哲学者が告訴を見送ったので刑事事件に発展しなかったが、マクロン大統領が「反ユダヤ主義」に関する新たな強化法案の提出を公約するなど本格的な政治事件に発展した。

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暴力至上主義の「ブラック・ブロック」

 ところで3月16日、世界中に流れた「パリ炎上」のシーンをよく見ると、建物に突撃し、鉄棒などで窓ガラスなどを叩き割り、ドアを蹴破り、火を放ったのは、上から下まで黒装束に黒いヘルメット、黒い覆面で身を固めた集団である。その数、約1500人。大規模デモがあるたびに、パリ郊外などからやってくる暴力集団「キャサール(破壊屋)」とは雰囲気がまったく異なる。「キャサール」が単なるウサ晴らしが主たる目的である場合が多いのに対し、彼らの襲撃標的からは、明確な意図が読み取れる。

 その黒づくめの服装から、「ブラック・ブロック」と呼ばれる集団は、「極左集団」や「極右集団」、「アナーキスト」、「反グローバル化集団」、「反資本主義者」など様々に定義されているが、「暴力のみが自分たちの主張を通すことができる唯一の手段」とする、いわば「」だ。

 個人の参加が基本で、組織らしい組織もなく、全体を率いるリーダーもいないというところは、「黄色いベスト」と奇妙な一致点がある。だが、標的は明確で、「国家の象徴(警察、裁判所などの司法関係、行政府)」や「資本主義の象徴(銀行、大企業、高級レストラン、高級ブティックなど)」だ。

 起源は80年代初頭、東独で秘密警察に対抗するために生まれたとされるが、一般的に知られようになったのは、1991年の湾岸戦争の頃である。アメリカで「戦争反対」のデモを派手に展開した。ただし、この時はデモの性格上、「非暴力」だった。

「黄色いベスト」と別物か?同じ穴のムジナか?

 その存在が国際的に知れ渡ったのは、99年11月に米シアトルであった世界貿易機関(WTO)閣僚会議の時だ。世界中から「反グロ―バル化」の運動家たちが参集し、激しいデモを展開した。01年の伊ジェノバの主要国首脳会議(G8。当時はまだロシアも参加)の際には、イタリア警察と激しく対峙(たいじ)。デモ隊に死者1人が出る惨劇に発展した。

 その後も、G8や北大西洋条約機構(NATO)首脳会議など国際的な大会議になると現れ、「反グロ―バル化」などのデモ隊に紛れ込んで「暴力デモ」を主導する。その異様な黒づくめの服装とともに、その存在が注視されるようになった。

マリーヌ・ルペン国民連合(RN)党首マリーヌ・ルペン国民連合(RN)党首
 RNのルペン党首は「黄色いベスト」への支持を表明した手前、今回の「過去最悪」の暴力化に対し、「あれは『黄色いベスト』の狼藉(ろうぜき)ではない。『ブラック・ブロック』の仕業だ」と述べ、ふたつの集団の個別化を図ったうえで、「黄色いベスト」を擁護した。

 そもそも、「黄色いベスト」と「ブラック・ブロック」とは、ルペンの指摘するように、個別化ができるのだろうか? マクロン大統領は、デモ直後のツイッターで、「デモに参加した『黄色いベスト』は、(暴動、略奪、放火の)全員が共犯者だ」と断罪し、「黄色いベスト」と「ブラック・ブロック」は同じムジナとの判断を下した。

 今回のデモには仏全国で約3万2000人(仏内務省発表、「黄色いベスト」側発表で約24万人)、パリでは約1万人が参加した。「ブラック・ブロック」と一線を画したい「黄色いベスト」の一部はパリ・オペラ座付近で「暴力なし」のデモを展開したが、大多数はシャンゼリゼ大通りで、「ブラック・ブロック」とともに襲撃、放火に参加した。

事前の“談合”も明らかに

 ふたつのグループが、事前に一種の“談合”をしたことも明らかになっている。「黄色いベスト」のメンバーが週刊誌「OBS」に証言したところによると、「ブラック・ブロック」が2月初旬に、「黄色いベスト」のリーダー格の男女2人に接触し、共同戦線を提案したという。

 この2人は「ブラック・ブロック」に質問状を送り、「目的」や「何を代表しているのか」「どこまでやるつもりか」、そして「戦術」などを質した。これに対し、「ブラック・ブロック」は、「目的は諸君と同じ」などと回答したという。2グループはすでに、「共同戦線」を張ることで合意していたわけだ。

「暴動化に無策」と警視総監が更迭

 フィリップ首相は、「黄色いベスト」の暴動化に対し、なんら有効な対策、準備をしなかったとして、パリ警視総監のミシェル・デルピュック(66)の更迭を発表し、後任に仏南西部ヌーヴェル・アキテーヌ地方の警視総監ディディエ・ラルマン(62)が任命された。

 実はデルピュックは公務員の定年である65歳を過ぎているうえ、病気を抱えており、入退院を密かに繰り返していた。関係者の間では辞任は時間の問題とみられていた。「更迭」はデモの責任を誰かに取らせる必要があったためにあえて行われた、要するに「トカゲの尻尾切り」だった。

 首相は次回のデモが予定される3月23日には、シャンゼリゼ大通りなどでのデモを禁止し、覆面などしたデモ隊の身元を判明させるために、ドローンやビデオ撮影の使用を宣言した。さらに、「非許可」のデモに参加した場合の罰金を、38ユーロ(1ユーロ=約125円)から約4倍の135ユーロに引き上げると発表した。政府のこうした対策を、野党は「後手後手の対策」(野党最大の右派政党・共和党)と非難し、マクロン政権打倒に意気込んでいる。

 昨年11月17日から土曜日ごとに開催されてきた「黄色いベスト」のデモ(クリスマス休暇を除く)は3月16日で18回を数える。検挙は毎回200人前後にのぼり、今回は未成年やベルギー、オランダからの外国人を含めて230人が検挙された。

 フランスの刑法では、日本のゴーン逮捕にみられるように、勾留が100日間に及ぶことはなく、最高でも96時間だ。短期間で釈放されるうえ、証拠不十分などで無罪釈放になる場合が大半だ。今回もすぐに釈放された人が多く、97人が器物損害などの軽罪で起訴される見込みだ(3月20日現在)。

掲載は武装せず、丸腰同然

フランス・アンジェであった「黄色いベスト」のデモで掲げられていたプラカード。マクロンを吸血鬼に見立てている=2019年1月26日、石井徹撮影 フランス・アンジェであった「黄色いベスト」のデモで掲げられていたプラカード。マクロンを吸血鬼に見立てている=2019年1月26日
 一方、警察は過剰防衛への批判を恐れるため、武装せず、丸腰同然だ。「死者を出すな」を厳命されてもいる(左派系日刊紙『リベラシオン』)。もし、死者が出たら、死者が「神格化」され、デモがさらに過激化、正当化される恐れがあるからだ。

 警官は今年に入ってから、強力な防護弾(LBD)を使用して自衛しているが、

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