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沖縄の海兵隊の移転先グアムで起きている本当の事

島の多くを占める米軍基地。歴史、発展の過程が沖縄と似ているグアムは今……

山本章子 琉球大学講師

重なりあうグアムと沖縄の歴史

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 グアムは米領土の中で唯一、戦争で外国軍に占領された場所だ。1941年12月8日、日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃した5時間後、グアム攻撃を開始。31カ月にわたってこの島を占領した。 砂糖価格暴落による「ソテツ地獄」を機に、南洋諸島に移住した琉球諸島のさとうきび小作人たちが、日本占領下のグアムで働いた。琉球から来た人々の中には、米軍がグアムを奪還する際、地上戦に巻き込まれて死んだ者も少なくない。

 米軍の戦死者約1400人に対し、日本軍の戦死者は約2万人という激戦でグアムを奪還した米軍は、将来の必要のためという理由で、この島の軍事要塞化にとりかかる。最大時には、島の面積の約6割が米軍基地になった。

 グアムの先住民であるチャモロ人は、漁業や農業を営む自給自足の生活を送っていたが、米軍に土地を取り上げられたうえ、米軍が持ち込んだ核兵器や化学兵器で海も汚され、米軍の雇用に依存し、缶詰のスパムなどを食べる生活に変わる。

 これもまた、沖縄戦以降の27年間、米軍に占領された沖縄と重なって見える歴史だ。

 天然資源も生産手段も持たないグアム政府は、1960年代に入り、米軍による部外者立入禁止令が解除されると、観光産業に活路を見いだそうとする。

 折しも、グアムの戦闘で死んだ日本軍兵士の遺族が、慰霊のためにグアムを訪れるようになった。グアム政府の協力で、「兼高かおる世界の旅」という日本の人気テレビ番組が、何度もグアムを紹介した効果か、新婚旅行にグアムを訪れる日本人も増えた。

 こうして、大勢の短期滞在者を受け入れる、日系の大型リゾートホテルがタモン地区に集中する、リゾート地グアムができあがった。このプロセスも、日本復帰後の沖縄とよく似ている。

米軍基地の先にある自然保護区

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 一本でつながったグアムの舗装道路の一部は、米軍基地の中にある。つまり、米軍だけが、島のすべての道路を使える。

 基地の外にあって、現在、舗装工事中の道路がある。北部の米政府自然保護区につながる、穴ぼこだらけの砂利道だ。両側にひたすら空軍基地のフェンスが続く道だが、終着点が米軍には不要な自然保護区だったので、整備されていなかった。

 自然保護区にはたとえば、グアム固有種の、チャモロ語でココ(英語でグアム・レイル)と呼ばれる鳥が生息している。沖縄固有種のヤンバルクイナと同じく、飛べない鳥で地上に巣をつくる。

 米軍が島外から持ち込んだ、ブラウン・ツリー・スネイクという蛇がココ鳥の卵を食べ、絶滅させかけたことがあった。絶滅危惧種を保護するアメリカの法律にもとづき、今はグアム政府がココ鳥保護プロジェクトを実施、捕獲したココ鳥を繁殖させている。

 ココ鳥などが住む自然保護区へと続く砂利道が舗装されることになったのは、自然保護区に隣接した実弾射撃場が建設されるからである。沖縄からグアムに移ってくる、米海兵隊の訓練場だ。米軍に必要になれば、道は整備されるのだ。

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筆者

山本章子

山本章子(やまもと・あきこ) 琉球大学講師

1979年北海道生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。著書に『米国と日米安保条約改定ー沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年)、『米国アウトサイダー大統領ー世界を揺さぶる「異端」の政治家たち』(朝日選書、2017年)、『日米地位協定ー在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書、2019年)など。

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