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東京拘置所を出るカルロス・ゴーン被告を乗せた車(ナンバープレートを画像加工しています)=2019年3月6日午後、東京都葛飾区20190306拡大東京拘置所を出るカルロス・ゴーン被告を乗せた車(ナンバープレートを画像加工しています)

ゴーン釈放のお祭り騒ぎにひどく消耗して

3月6日(水) いろいろと迷った末に、とりあえず大阪行きは保留して、東京拘置所に行くことにした。いろいろな意味でゴーン前会長が娑婆に出てくることは興味深いと思うからだ。午前11時前には拘置所前の「現場」に到着したが、大変なお祭り騒ぎになっていた。200人以上はいただろうか。工事用のクレーン車両や民家の屋根の上にもカメラマンたちが配置されていた。ひとえにゴーン氏を「見たい」「見せたい」という欲望のためだ。僕は自宅からNY赴任時に買ったひどく旧式のデジカメを片手に一人でやって来たので、あまり大勢の報道陣が蝟集(いしゅう)していないような場所へと行くようにした。人混みは普段でも嫌だし。とんだ失敗は、デジカメのバッテリーチェックを怠ったことだ。これが後々響いた。

 拘置所正面玄関には何回かそれらしい車が横付けされたが、一番はっきりしていたのは、午前10時40分頃に、フランス大使館の車で、おそらくゴーン氏の家族が入っていったこと。そのほかにもフランス大使館車両が2台ほど来ていた。家族らは午後遅くになって車両に乗って引き上げて行った。正面玄関の真正面付近は鉄条網のフェンスが二重にあって、その正面は何ということのない植え込み歩道なのだ。そのフェンスに高さ3メートルくらいの脚立を立てたカメラマンたちが数人陣取っている場所があった。彼らがあまりに高いところにいるので、その下の空間は丸空きなのだった。僕は近所の野次馬のおじさんやおばさんと一緒に、そのあたりに陣取った。正面玄関の真正面である。東京拘置所の玄関の人の出入りをこんなに長時間みていたのは初めてのことだ。明らかに、「その筋」の若い衆や、さまざまな事情を抱えた人たちが出入りしていた。なかには報道陣の多さに驚いて、おどけてみせる者もいた。バッテリーチェックの大きな失敗がこんな時に響いた。

 午後3時過ぎ、適当に動きを撮影していたらあと10分強しか撮影できないとの表示だ。まいった。撮影していたら、どんどんバッテリーの残りが減っていくではないか。これでは、いざとなったらアイフォンで撮るしかない。でもアイフォンも朝から使い続けていて残りが少ないのだ。決定的な動きがあったのは、拘置所がまもなく閉まる午後5時まであと1時間足らずという午後4時過ぎくらいのことだ。1台の小型工事車両が正面玄関の真ん前、というよりは少し外れた場所に停まって、中から作業員風の男性が出て来て、拘置所の中に入って行った。しばらくして、その作業車の後ろに黒い大きめのワンボックスカーが横付けされた。みんなこれに乗って行くんだろうなあ、それにしてもこんなに大きくちゃあ、見えやしないじゃないか、などと思っていただろう。この頃になると、デジカメのバッテリーがほぼダメになってきた。まいったなあ。

 4時15分過ぎだったと思うけれど、作業服や刑務官の服装をした数人が

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七つ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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