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拉致被害者「8人」死亡の情報に沈痛な小泉首相

平成政治の興亡 私が見た権力者たち(13)

星浩 政治ジャーナリスト

「首相動静」欄で信頼を獲得

日朝会談後の外務省による記者ブリーフィングのあと、記者団に囲まれ会場を後にする田中均・外務省アジア大洋州局長=2002年9月17日、北朝鮮・平壌市の高麗ホテル 
拡大日朝会談後の外務省による記者ブリーフィングのあと、記者団に囲まれ会場を後にする田中均・外務省アジア大洋州局長=2002年9月17日、北朝鮮・平壌市の高麗ホテル
 2001年9月、アジア大洋州局長に就いた田中氏は直ちに北朝鮮側と接触した。相手は、後に「ミスターX」と呼ばれた軍出身の朝鮮労働党幹部である。会談は主に、中国の北京や大連で重ねられた。

 田中氏は「あなた方の意向は小泉首相に伝える」と話しかけたが、先方は半信半疑。外務省の局長が日本のトップと直接、話ができることが信じられなかったのだ。田中氏は妙案を思いつく。

 日本の新聞には首相が面会した人と時間を詳しく報じる「動静」欄がある。田中氏は月に2、3回は小泉首相と個別に面談する。その新聞を見せれば、先方も納得するだろう。効果はてきめんだった。ミスターXは「あなたは首相とこんなに頻繁に会えるのか」と驚いたという。北朝鮮側は本音を漏らし始めた。

徹底した情報管理。8月に親書

 福田官房長官と田中氏は情報管理を徹底した。田中氏が北朝鮮と接触する時に同席するのは、外務省の平松賢司・北東アジア課長と通訳だけ。田中氏らが得た極秘情報を上げるのは小泉首相、福田長官、古川貞二郎官房副長官、野上義二(後に竹内行夫)外務次官に限定。田中真紀子(後に川口順子)外相にも詳細は伝えられなかった。

 2002年1月、ブッシュ米大統領が一般教書演説で、大量破壊兵器の開発に絡んで、北朝鮮をイラク、イランと並ぶ「悪の枢軸」と非難した。米国との対立が深まることに危機感を募らせる北朝鮮側は、日本との関係正常化を通じて対米関係を打開したいと考えていると確信した田中氏は、その旨を小泉首相に伝えた。

 8月、小泉首相は北朝鮮の金正日総書記に宛てて、「日本側は国交正常化や経済協力問題、在日朝鮮人の地位向上問題などに真摯に取り組む。貴国も拉致問題や核・ミサイル問題などの解決に真剣に取り組んで欲しい」という親書を出す。北朝鮮側は「小泉首相の訪問を歓迎する」と反応した。

極秘裏に進められた米国との話し合い

 8月21日、外務省の事務次官室。竹内次官と関係局長らによる幹部会が開かれた。

 竹内氏が小泉首相の北朝鮮訪問について切り出した。「秘密に進めてきて申し訳ないが、小泉首相の指示だった」と釈明。続いて、田中氏が訪朝時に合意する予定の「平壌宣言」の概要を説明した。谷内正太郎総合外交政策局長が、拉致問題に詳しく触れていない点をただすと、田中氏は「別途、協議を進めている」と答える。海老原紳条約局長が「安全保障に関わる内容だ。米国と調整しているのか」と指摘すると、これも田中氏が「別途やっています」とかわした。出席者の一人は「訪朝の日程や共同宣言の内容は小泉首相、福田官房長官とすでに固めている」と感じた。

 米側との話し合いも極秘裏に進行していた。8月27日、来日中のアーミテージ国務副長官とケリー国務次官補が福田、田中両氏から説明を受けた。アーミテージ氏はパウエル国務長官に伝達。情報はパウエル氏からブッシュ大統領に上げられた。米側の説明によると、「大統領はジュンイチロウを信頼するとの反応だった」という。同時多発テロとの戦いで、ブッシュ大統領支持をいち早く表明した小泉首相との信頼関係が役立った。

 そして8月30日、福田官房長官が小泉訪朝を発表。これを機に、政府の準備が本格化した。


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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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