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【6】トランプ大統領が反転攻勢。落とし穴は……

「ロシアとの共謀はなかった」に勝ち誇るトランプ氏。「追い風」はいつまで吹くのか

沢村亙 朝日新聞論説委員

グランドラピッズでの選挙集会でガッツポーズをするトランプ氏=2019年3月28日(沢村撮影)グランドラピッズでの選挙集会でガッツポーズをするトランプ氏=2019年3月28日(沢村撮影)

久々のDrain the Swamp!コール

 1年10カ月に及んだ「ロシア疑惑」の捜査が終わった。「ロシアとの共謀はなかった」とした結果は大統領再選に向けたトランプ政権への大きなプレゼントになった。感情をたかぶらせ、反転攻勢にのめるトランプ氏。だが、そこにある「落とし穴」にどこまで気づいているのだろうか。

 ミシガン州グランドラピッズの町の中心にある1万1千人収容のアリーナに3月28日、久々にこのコールがこだました。

――Drain the Swamp!(ヘドロをかき出せ)」

 ヘドロとは、首都ワシントンに沈殿する、庶民の生活には目をくれず、既得権にまみれた主流の政治家たちとエリート官僚のことを指す。2016年の大統領選の最中、トランプ氏自身が「政界アウトサイダー」であることを逆手にとって熱心に繰り返したマントラである。

マラー氏の捜査報告書をめぐる灰色の決着

会場は熱烈なトランプ氏の支持者で埋まった。ほとんどが白人だ=2019年3月28日(沢村撮影)会場は熱烈なトランプ氏の支持者で埋まった。ほとんどが白人だ=2019年3月28日(沢村撮影)
 グランドラピッズは、商都シカゴと自動車の都デトロイトの中間にある。かつては自動車関連産業で潤ったが、ご多分にもれず製造業はしめり気味だ。労働者層の不満を足がかりに大統領の予備選を勝ち上がったトランプ氏が、選挙戦を締めくくる遊説をした場所でもある。

 ロシア疑惑をめぐるマラー特別検察官の報告書がバー司法長官に提出された後、初めての政治集会の開催地になったこの町で、トランプ氏は、ほえた。

 「ロシア〝魔女狩り〟は選挙に負けた連中が、無実のアメリカ人をはめて、違法な手段で権力を奪い取ろうとした企てだ!」

 確かに公表されたマラー氏の捜査報告書の概要(※)は、ロシアによる選挙工作にトランプ陣営が共謀したり協力したりした証拠はなかったとした。だが、大統領が捜査をやめさせるよう圧力をかけたかどうかが問われた司法妨害については、「大統領が犯罪をしたかの結論は出さないが、潔白だとするものでもない」と明記。その上でバー司法長官が根拠を示さないまま「証拠不十分」と不問に付した。

 トランプ氏の指名で就任したばかりの新司法長官の「政治裁量」をおおいににおわせる、まさしく「灰色」の内容だった。

バー司法長官が議会に提出したマラー特別検察官の報告書の概要(ニューヨーク・タイムズ紙のホームページから)

大統領再選に向けた「計算されたショー」

 だが、トランプ氏はそんな細かい話はお構いなしである。

グランドラピッズでの選挙集会でトランプ氏が「腐ったメディアども」と叫ぶと、支持者は一斉に記者席を向いてブーイングを浴びせた=2019年3月28日(沢村撮影)グランドラピッズでの選挙集会でトランプ氏が「腐ったメディアども」と叫ぶと、支持者は一斉に記者席を向いてブーイングを浴びせた=2019年3月28日(沢村撮影)
 集会では「完全な潔白」を主張し、「Collusion Delusion(共謀という妄想)は終わった」と叫んだ。そして返す刀で、疑惑を追及してきた民主党、連邦捜査局(FBI)などの司法機関、そしてメディアを激しくののしった。

 〝政治の主流から忘れ去られてきたあなたたちを代弁して大統領になったこの私を、利権にまみれた政治家とエリート官僚、腐ったメディアが追い落とそうとした。しかし、私は負けなかった〟

 そう言わんばかりのレトリックは、3年前の大統領選をほうふつとさせる。それはロシア疑惑の捜査終結を、2020年の大統領再選に向けた「武器」に最大限、利用しようとする「計算されたショー」(ニューヨーク・タイムズ紙)といえた。

 会場からはこんなコールもわいた。

――Four more years!(あと4年)

「完全な潔白」路線を貫く構え

 その数日前の日曜日、バー司法長官がマラー氏の捜査報告書の概要を議会に届けた時、トランプ氏は家族や側近の高官たちとフロリダ州の別荘にいた。

 米メディアによると、トランプ氏は当初、司法妨害に関しては「シロ」としなかった報告書の内容に不満をあらわにした。だが、側近から報告書についての説明を聞き、ここは徹底して「完全な潔白」路線を貫くことで反転攻勢に打って出る決意を固めたという。

 トランプ氏は側近から、「勝ち誇った態度は控えるように」という助言も受けた。だがその効果は1時間ともたなかった。

ホワイトハウスに到着し記者団に話すトランプ米大統領=2019年3月24日(ランハム裕子撮影)ホワイトハウスに到着し記者団に話すトランプ米大統領=2019年3月24日(ランハム裕子撮影)
 ワシントンに戻る直前には、記者に「違法な〝引きずり下ろし工作〟は失敗した」と、民主党に反撃する考えを示唆。その晩、ホワイトハウスに着いたときには、さらに高揚した様子で言った。「アメリカは地球で最も偉大な場所だ」

 トランプ氏にとってロシア疑惑は、単に自身や家族、陣営幹部が捜査対象になった屈辱以上に、「ロシアに当選させてもらった大統領」というイメージがつきまとい、大統領としての「正統性」にも疑問符がつけられてきた点で、とりわけ耐えがたいものだった。それが「晴らされた」喜びはひときわ大きかった。もっとも、マラー氏の捜査報告書はロシアによる大統領選への干渉工作はあったと認定しているのだが……。

トランプ氏に同調する共和党

 共和党の政治家もさっそく、復讐心にたぎるトランプ氏に同調し始めた。

 下院情報特別委員会の委員長として、ロシア疑惑追及の先頭に立ってきたアダム・シフ議員(民主党)の辞任を要求。一方、共和党が過半数議席を占める上院のリンゼー・グラハム司法委員長は、そもそもFBIがロシア疑惑の捜査に着手した背景に政治的な思惑があったのではないかとして、バー司法長官に新たな特別検察官の任命を求める考えを明らかにした。メディア規制を容認する声も広がる。

 マラー氏の捜査は終結したものの、民主党が多数派の下院では、ロシア疑惑関係者の召喚や証拠の提出など、独自の疑惑解明の動きがこれから本格化する矢先だった。トランプ氏と共和党の対応そのものが、その出ばなをくじくため、追及する側の信用性を機先を制しておとしめることを企図した政治工作ということもできる。

起死回生のきっかけになった報告書の概要

 昨年11月の中間選挙での共和党の敗北、国民生活に痛みを強いて不評だった昨年末から今年にかけての連邦政府閉鎖と、トランプ氏にはこのところ「逆風」が吹き続けてきていた。今回のロシア疑惑の捜査終結と、発表された報告書の概要が、一転して起死回生のきっかけになるのは間違いない。

 「エリート層にいたぶられる被害者」を自演して、支持者の「義憤」を駆り立てる。反則技を用いてでも「敵」を徹底的にたたきのめして、不満を持つ層の溜飲を下げる――。それが、トランプ氏がコアの支持層の心をつかむ常套手段だ。その意味で「完全な潔白」は、たとえフィクションであったとしても、これほど役に立つ武器はない。

 そもそもトランプ氏自身、中間層に支持を広げようなどと甘い期待はもっていない。カリフォルニアやニューヨークなどリベラルな有権者が多い東西両海岸などは捨てたって構わない。むしろ今回、選挙集会を開いたミシガンや、その周辺のペンシルベニア、ウィスコンシンのように、過去の大統領選でオバマ氏に投票しながら、前回はトランプ氏に乗り換えた州をがっちり押さえた方が再選への勝機は開ける、との計算だ。

突然吹いた「追い風」にひそむリスク

 だが、突然吹いた「追い風」が2020年の大統領選まで続くと考えるのは、まだ気が早いかもしれない。今回の騒動は民主党、トランプ氏の双方にとって、チャンスになると同時に、リスクにもなりかねないからだ。

 マラー氏による捜査を足がかりに、トランプ氏に対する弾劾を求めていた民主党左派の議員の間では、今回の報告書の内容への失望感が広がる。

ワシントンで今年1月19日に行われた「ウィメンズマーチ」で、トランプ氏に対する弾劾(Impeach)を求めるプラカードを掲げて行進する市民(沢村撮影)ワシントンで今年1月19日に行われた「ウィメンズマーチ」で、トランプ氏に対する弾劾(Impeach)を求めるプラカードを掲げて行進する市民(沢村撮影)
昨年1月の「ウィメンズマーチ」でもロシア疑惑の追及を求める市民の姿が目立った(ランハム裕子撮影)昨年1月の「ウィメンズマーチ」でもロシア疑惑の追及を求める市民の姿が目立った(ランハム裕子撮影)

 確かに、今回の報告書については数々の疑問が指摘されている。

 なぜ、400ページ近いとされる捜査報告書がマラー特別検察官から提出されてからわずか2日で、バー司法長官は「司法妨害の十分な証拠はない」とする結論を出すことができたのか。そもそも司法妨害の動機解明に欠かせないはずにもかかわらず、マラー氏のチームはトランプ大統領に対する聴取を行わずして、どうして捜査終結の判断を下せたのか――。

 こうした疑惑の解明のため、民主党は報告書全文の開示を司法省に要求している。

 バー司法長官は、捜査報告書の詳細を4月中旬に議会に提出すると発表した。だが、プライバシーに関わる部分や、国家機密保持の観点から公表できない情報は出さないとしており、民主党が大統領の攻撃材料に期待する情報まで開示される見込みは小さい。

得策ではない大統領の弾劾

 もともと、マラー氏の捜査に過大な期待をすべきではない、という考え方は、当の民主党首脳部にも以前からあった。

 米下院の民主党トップ、ナンシー・ペロシ議長は、捜査終結に先立つ3月上旬、ワシントン・ポスト紙の取材に、「私は弾劾に賛成しない」と語っている。疑惑が深まって下院が大統領を弾劾訴追できたとしても、共和党が多数派の上院で議員の3分の2が賛成しなければ、有罪(罷免)にはならない。

米最高裁判事に承認されて宣誓するカバノー氏(左端)=2018年10月(ランハム裕子撮影)米最高裁判事に承認されて宣誓するカバノー氏(左端)=2018年10月(ランハム裕子撮影)
 それ以上に、弾劾を求める動きは、トランプ大統領のコア支持層の危機感をあおり、かえって結束させかねない。仮に民主党の大統領が誕生したとしても、残された分断の傷痕は、政権を長期間にわたってさいなみ続けるだろう。

 昨年10月、トランプ氏が連邦最高裁判事に指名したカバノー氏の性的暴行疑惑を民主党が議会で厳しく追及した時も、保守層におけるトランプ氏の支持率はむしろ高まった。そもそも1998年に共和党主導でビル・クリントン大統領を弾劾した時も、クリントン氏の支持率は下がらなかった「教訓」もある。

「2016年の失敗」の再来懸念も

 さらに、疑惑追及ばかりにこだわり過ぎれば、民主党支持者からも「政治家は国民の生活よりもトランプ下ろしの方を優先しているのか」と批判される恐れがある。2020年の大統領選の指名争いに名乗りを上げている民主党候補者からも、「国民そっちのけでトランプ氏にかかわっていたら、2016年の失敗が再来する」と心配する声が出ている。

 ここは医療保険や教育、雇用など一般国民に幅広く関心のある「政策」を語る方が、中間選挙で民主党勝利を導いた都市郊外の中間層をつなぎとめられる――というのが、ペロシ氏らの読みだ。

 だが、その中間選挙では、Progressive(革新派)と形容される左派の論客が多く当選した。その一部は「民主社会主義」を掲げ、党内言論を支配する勢いだ。

 競争より分配重視、セーフティーネット拡充を掲げ、大きい政府を容認するその主張はヨーロッパでは別に珍しくない。なぜ米国でもこうした考え方が広がってきたかについては別の機会に論じるとして、米国では「社会主義」という言葉に対するアレルギーが染みついているだけに、かえって中間層を遠ざけてしまうリスクもある。

 案の定、トランプ氏はことあるごとにベネズエラの現状を引き合いに出し、「社会主義は貧困をもたらす。民主党政権になれば米国はベネズエラのようになる」と、恐怖心を駆り立てる戦術に余念がない。

調子に乗るトランプ氏だが……

 だが、「調子に乗るリスク」はトランプ氏の側にもある。

 まず留意すべきは、マラー特別検察官には今回、ロシア疑惑だけでなく、捜査過程で浮上した他のあらゆる疑惑を捜査する権限も与えられたことだ。そこで出てきた様々な疑惑が、証拠とともにニューヨーク南部地区連邦地検など複数の司法機関に移管され、捜査が継続中だ。

米議会下院の公聴会で証言するマイケル・コーエン氏。トランプ氏の不倫相手とされる元ポルノ女優らに口止め料を支払ったとする選挙資金法違反疑惑について、「トランプ氏の指示だった」などと証言した=2019年2月27日、ランハム裕子撮影。米議会下院の公聴会で証言するマイケル・コーエン氏。トランプ氏の不倫相手とされる元ポルノ女優らに口止め料を支払ったとする選挙資金法違反疑惑について、「トランプ氏の指示だった」などと証言した=2019年2月27日、ランハム裕子撮影。
 なかでも、トランプ氏とたもとを分かったマイケル・コーエン元顧問弁護士が行った証言や、押収されたり提出されたりした証拠は、不正追及の「宝の山」とされる。現職大統領に対する訴追には高いハードルがあるが、捜査の手はトランプ氏のビジネスにかかわってきた親族や側近に及ぶ可能性がある。

 さらに、トランプはここにきて、強硬な政策を相次いで打ち上げ始めた。オバマ前政権が導入した医療保険制度(オバマケア)の全廃や、メキシコ国境の閉鎖、多くの移民を生んでいる中米諸国への経済援助の中止などである。

 特にオバマケア全廃の試みは、いちど共和党との調整に失敗して議会で葬られた経緯がある。「全廃」を大統領選中からの公約としてきたトランプ氏は、今回のロシア疑惑での「共謀なし」という「勝利」の勢いに乗って、蒸し返したとみられる。

 だが、米国民の間にはオバマケア維持を求める意見が根強く、中間選挙で民主党が勝利した理由にもなった。政権内でも「全廃」には慎重論が強い。

 こうした強硬姿勢は民主党の側を政策論議に向けて結束させかねない。後退の懸念が語られ始めた経済と同じく、トランプ氏にとって思わぬ「落とし穴」になる可能性がある。

ますます固定化される分断構造

 世論調査の結果も興味深い。

 マラー氏の捜査報告書の概要が公表された直後の3月25、26日にロイター通信などが実施した調査(※2)によると、「2016年の大統領選に影響を与えるためにトランプ陣営が協力した」とする回答は前の週から6ポイント下がって48%。「トランプ氏がロシア疑惑の捜査を止めようとした」が2ポイント下がって53%ある。数字は下がったとはいえ、回答者のほぼ半数が、今なおトランプ氏を疑っていることを示している。

 また、同時期にCNNなどが実施した調査(※3)では、56%が「トランプ陣営がロシアと共謀した証拠は見つからなかったが、潔白は証明されていない」、43%が「共謀の無実が証明された」と回答した。この数字は、トランプ氏の不支持、支持の比率に近い。

※2 ロイター通信の世論調査の結果※3 CNNなどによる世論調査の結果

 さらに、今回の件によって「トランプ氏を支持することにした」が7%、「不支持を決めた」が6%。「変わらない」が86%。つまり、大多数はこれまでの捜査結果を経ても、支持・不支持の態度を変えていない。

 トランプ氏をめぐる「分断」は広がっている。そればかりか、分断構造はますます固定されつつある。

 ロシア疑惑をめぐる一連の騒動は、そんなアメリカ社会の「病巣」をあぶり出したともいえる。