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「女が政治?とんでもない」から転換めざし25年

元参院議員・円より子が見た面白すぎる政治の世界④女性の政治参加を求め続けて……

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

日本新党の党則に入れた「クオータ制」

 日本新党で私がまず、手がけたのが、党則に「クオータ制」を入れることだった。

 1986年、ノルウェーでブルントラントという女性が首相になった。彼女は閣僚の4割以上に女性を起用し、「女の内閣誕生」と世界中で話題となった。同国では、78年に男女平等法が制定され、「4人以上の公的機関はそれぞれの性が40%以上でなければならない」とされており、内閣にもそれを適用した。この割りあてのことを「クオータ」と呼ぶ。その後、同じ北欧のデンマークやスウェーデンでも「クオータ制」が採用され、女性の政治参加が進んでいた。

 日本にもこの「クオータ制」を導入しようと考えた私は、手はじめに日本新党で試すことにしたのである。

参政権を獲得し初の国政選挙で39人当選

 ここで、日本における女性政治家の歴史を振り返ってみたい。

 我が国では戦後、女性にも参政権が付与されたが、女性議員は国も地方も数少ない状態が続いた。1946年4月10日におこなわれた戦後初の第22回衆院選では、定数466人中39人が女性議員(8.4%)だったのに、翌年47年の第2回目衆院選では15人(3.2%)と半減、51年衆院選では定員が511人に増えたにもかかわらず、女性議員は6人(1.2%)というありさまだった。

 興味深いのは、戦後第一回目の衆院選で39人の女性議員が誕生していることだ。理由は何だったのか。

 一番の理由は、選挙制度が今と違って大選挙区連記制だった点にあると思われる。連記制も2人区と3人区があって、一人の有権者が、二人または三人まで投票したい人の名前を書けた。三人区は二人区よりも女性の当選者が多かった。一人目、二人目は男性候補者の名前を書くが、三人目は女性にするといった選択が多かったのだろう。二人目、三人目なら、目新しい女性でもいいかということだったらしい。

 次の選挙で女性の当選者が急減するのは、この連記制が廃止されたのが大きい。そして、国政選挙で女性の当選者が1946年の39人を超えるには、実に59年も待たなければならなかった。

 それは2005年9月の第44回衆院選。小泉純一郎総理が郵政解散を断行し、全国に刺客を放った、いわゆる「郵政選挙」である。このとき女性の当選者は43人と、初めて第1回の39人を上回ったのである。自民党は296議席を得て圧勝。女性議員も9人から26人へと大躍進した。ちなみに次の第45回衆院選(2009年)。民主党が政権交代を実現した選挙では、衆議院の女性議員が初めて10%を超えた。

政治の世界には女性が少ない。とくに執行部に女性がいない。写真は民主党の常任幹事会のメンバーだが、地域代表も入れて50人近くいたメンバーのうち、女性は円さんと千葉景子さんだけだった=〓年〓月〓日拡大政治の世界には女性が少ない。とくに執行部に女性がいない。写真は民主党の常任幹事会のメンバーだが、地域代表も入れて50人近くいたメンバーのうち、女性は円さんと千葉景子さんだけだった=2008年6月5日

女性議員の増加を妨げた風潮とは

 ただ、私はこれは制度の問題だけではないと感じている。戦後すぐの時代は、みな生き抜くことに必死で、男も女もない時代だった。ところが、世の中が落ち着いてくると、伝統だの道徳だのが頭をもたげてくるものらしい。政治の世界でも、「女が政治?とんでもない」という風潮が幅をきかしだした。

 女性が参政権を得てから70年以上も経っているが、いまだに女性が選挙に出ようと勇気を出しても、周囲の反対で断念することが少なくない。家族、特に夫の反対が多い。昔ながらの家族観、親子観、夫婦観が影響しているのだろう。

 それでも最近は、女性が議員として働きやすい環境が、少しずつだが整いつつある。たとえば、東京の足立区は、区議会の本会議場脇に託児室を設けたり、妊娠中は坐ったままで質問ができるようするなど、さまざまな取り組みをはじめた。

 思えば、私が1993年に国会議員になった頃は、地方自治体で女性議員ゼロのところも多かった。笑えないエピソードがある。地方行政委員会で秋田県に視察に行った際、午前中の会議が終わり、昼食休憩になったのでトイレに立とうとしたら、職員が飛んできて、「すみません、こちらの棟には女性トイレがないんです」という。結局、県議会棟の隣の別棟まで連れていかれた。

 国会だって、今でこそ女性トイレが整備されているが、以前は議事堂のトイレは男性のものしかなかった。その名残りからか、入口は同じ。男性が右、女性は左に分かれ、仕切りは半透明の並板なので、向うの男性の影が見えるようなお粗末なものだった。

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筆者

円より子

円より子(まどか・よりこ) 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

ジャパンタイムズ編集局勤務後、フリージャ―ナリスト、評論家として著書40冊、テレビ・講演で活躍後、1992年日本新党結党に参加。党則にクオータ制採用。「女性のための政治スクール」設立。現在までに100人近い議員を誕生させている。1993年から2010年まで参議院議員。民主党副代表、財政金融委員長等を歴任。盗聴法強行採決時には史上初3時間のフィリバスターを本会議場で行なった。

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