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「女が政治?とんでもない」から転換めざし25年

元参院議員・円より子が見た面白すぎる政治の世界④女性の政治参加を求め続けて……

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

クオータ制に対する二つの指摘

細川内閣、羽田内閣の後、野党になっていた8党は、新党準備会を発足させ、その実行委員長に小沢一郎さんがなる。円より子さんは女性議員を代表して、新党にクオータ制を導入するよう求めた。後ろ左から二人目が円さん。前に市川雄一さん、小沢一郎さん=1994年〓月〓日拡大細川護熙内閣、羽田孜内閣の後、野党になっていた8党は、新党準備会を発足させ、その実行委員長に小沢一郎さんがなる。円より子さんは女性議員を代表して、新党にクオータ制を導入するよう求めた。後ろ左から二人目が円さん。前に市川雄一さん、小沢一郎さん=1994年11月30日
 クオータ制の話に戻る。私が日本新党の党則に、クオータ制を採用してもらった1992年は、女性議員の比率は衆議院でわずか2.3%、参議院でも14.7%に過ぎなかった。

 選挙制度を連記制に戻すには法律を変える必要があるが、クオータなら各政党が独自の判断で取り入れられる。そう考えて取り組んだのだが、実際に党則にクオータ制を採用しようとすると、大きく二つの問題が指摘された。

 ひとつは男性に対する逆差別だという指摘である。そうした声に対しては、世界の半分を支えるのは女性であり、その半分の女性たちの声を聞く必要があること▽もともと政治の世界への進出が遅れた女性は、経済的に男性と格差があるというハンディも抱えており、だからこそ割りあて制が必要であること▽女性が多くなりすぎることのないよう、それぞれの性が◯%を下回らないものという形にすること▽女性は政治に向かないという従来の「思い込み」を変えていくのも日本新党の役割だ――などと訴えた。

 もう一つの問題は、クオータ制を適用すると、実際には党則違反が起きるのではないかというものだ。実際、当時はどんなに口説いても出馬を断る女性が多く、決められた割り当てに届かない公算が大きかった。そうなったら党則をまた変えればいいということで妥協した。

党の意思決定機関の女性比率を2割以上に

 こうして党則に盛り込まれたクオータ制だが、まず実現したのは、執行部構成員への適用である。具体的には、党の意思決定機関に2割以上の女性が入ることになったのだが、これは予想以上に大きな効果があった。

 当時、各政党とも、意思決定機関にはほとんど男性しかいなかった。内閣の女性閣僚の少なさをみても、それは明らかだ。長年、政治の世界にいると、意思決定の場にいることの大切さが骨身にしみてわかる。そこに女性がいないというのは、とんでもないことなのだ。

 だからこそ、私は後に民主党で、東京都連の会長にも立候補したし、国対委員長代理や副代表も引き受けた。政治においては、「その場」にいることが大切なのだ。

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筆者

円より子

円より子(まどか・よりこ) 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

ジャパンタイムズ編集局勤務後、フリージャ―ナリスト、評論家として著書40冊、テレビ・講演で活躍後、1992年日本新党結党に参加。党則にクオータ制採用。「女性のための政治スクール」設立。現在までに100人近い議員を誕生させている。1993年から2010年まで参議院議員。民主党副代表、財政金融委員長等を歴任。盗聴法強行採決時には史上初3時間のフィリバスターを本会議場で行なった。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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