大阪維新の会の来し方、3月の有権者意識調査から見えてきたもの
2019年04月04日
2015年の大阪府知事・大阪市長のダブル選挙から3年半。大阪維新の会がふたたびダブル選に打って出ました。しかも、一年に二度も選挙をしなくて済むようにとの理由から、松井一郎氏が府知事から市長候補に、吉村洋文氏が市長から府知事候補に入れ替わるクロス戦が選ばれました。
その直接的な理由として松井氏、吉村氏らが挙げているのが、公明党が約束を違(たが)えたことにより、大阪都構想再挑戦への道を阻まれたから、というものです。細かい事情をつぶさに追っている人は少ないでしょうが、何をめぐってせめぎあっているのかは明らかでしょう。そもそも維新運動が、二重行政の解消をめぐる都構想から始まったことは、いまや誰しもが理解しているからです。
今回のW選をめぐっては、序盤でこそクロスダブル選の意義が問われたものの、もはや論点は、維新政治を続けるのか、それとも反対の方向を目指すのかに移行していると見なすべきでしょう。重要なのは、維新政治とは何であり、それと反対の方向とは何であるかという中身の問題です。
本稿では、維新のこれまでの運動を振り返ったうえで、私が独自に実施した「意識調査」で明らかになった有権者の政策志向を数値的に示しつつ、いったい維新政治の何が争われているのかを、具体的に明らかにしたいと思います。
大阪維新の会は2010年に結成された地域政党で、今年の4月に9年を迎えます。橋下徹氏の府知事当選はそれに先立つ2008年です。弱冠38歳のタレント知事として当選した彼が、2009年に成立した民主党政権との距離感を調整しながら永田町を脅かし続け、日本の風雲児かつ総理候補として国内外から注目されていたのが、およそ2013年までの期間でした。
しかし、中央政界で立ち上げられた日本維新の会が石原慎太郎氏らと提携したあたりを境に、全国的な求心力は低下します。そして、全国政党としての日本維新の会が内輪揉めした結果、求心力は大阪の地域政党へと戻っていきます。
大阪維新の会は、活動の本来の大義である都構想に「政治資源」を集中し、住民投票の実施にこぎつけますが、2015年5月の投票ではおよそ1%の僅差(きんさ)で敗北を喫します。しかし、半年後の11月に行われた大阪の府知事選・市長選では、橋下氏が出馬せずに吉村洋文氏を擁立して応援した結果、知事選に出た松井氏、吉村氏の二候補の圧勝に終わりました。
住民投票に敗れた直後、橋下市長(当時)は政界引退を宣言し、都構想反対派が対案として掲げていた「大阪会議」を開催しましたが、大阪会議は討議課題について合意することすらできず、府市協力のメカニズムとして実質的に機能することはありませんでした。そこであらためて、有権者は維新政治の信を問う選挙で、維新政治を「終わらせない」ことを選んだのでした。
日本維新の会が迷走し、維新が住民投票に力を注いでいたちょうどその間、中央政界では第2次安倍政権が盤石の長期政権を築きます。「改革」の旗印を掲げていた民主党政権が諸々の理由から失敗したとき、いったんは維新などに流れた無党派の改革支持層の票は、同じく「改革」を掲げた安倍首相の率いる自民党に流れ込んだからです。国政における維新の党勢の低迷は、第2次以降の安倍政権が、改革の旗印を曲がりなりにも持っていたことの裏返しでもあったわけです。
ちなみに、安倍政権はまだ盤石ですが、超長期政権の後というのは、「政治資源」を食いつぶされているせいか、後継の首相は長続きしないものです。安倍政権後の自民党の安定性は案外、脆(もろ)いものだということは考えに入れておくべきでしょう。
党内対立を繰り返し、離合集散していった民主党系の野党に比べると、地域政党としての大阪維新は、小さくはなりましたが、組織統制が際立つうえ、長期目標を共有しており、求心力は失われていません。
観察対象として維新がいまだに重要な位置を占めているのは、安倍政権後の2021年を射程に入れたとき、あるいは総裁4選があるのならば、さらにその数年先を見据えたとき、無党派層に刺さる「改革政党」として維新が存在感を発揮する可能性があるからです。だからこそ、維新が今回のダブル選で生き残れるかどうかは、大阪のみならず日本政治にとって大きな意味を持っています。
こうして時間軸にそって振り返ると、大阪維新の会が政党組織としての求心力を保ちつつ、一定の民意を惹きつけてきた手法が、浮かび上がってきます。
橋下氏が府知事に初当選したとき、強烈に効いたメッセージは、「大阪が地盤沈下している」という切実な問題意識であり、「反東京感情としての地域ナショナリズム」でした。くわえて、維新への支持には官僚の高待遇や汚職、既得権をめぐる庶民のルサンチマンも確実に影響しました。維新政治が首長の給与カットなどの「身を切る改革」という“清貧主義”を取ってきたのも、そこを見誤らなかったからです。
とすれば、強烈な地域ナショナリズムに支えられず、ルサンチマンを前面に打ち出すこともない、全国規模の運動としての国政の維新が振るわなかったのは、ある意味で当たり前のことだったと言えるでしょう。
国政の維新の主張が有権者に響かなかったのは、既得権排除と同様、維新運動のコアにあったはずの、自助・自立の発想に則った地方自治という考え方や、そこから生じる都構想という大義が分かりにくかったからでしょう。「地域主権」という概念は、大阪においてさえ、有権者の間で理解が進んだわけではありません。地方自治のあり方をめぐる立場の分断は、まだ全国規模で有権者を分断する争点には至っていないのです。
注目するべきは、維新がこれまでの運動の過程で幾つかの「教訓」を学んだことです。
私は、2015年の都構想をめぐる住民投票、秋のW選のいずれについても評論を寄せていますが、都構想からW選までのわずか数カ月の間に維新が遂げた「変貌」は大きかったと解釈しています。すなわち、大阪維新はダブル選で、統治機構改革の原則論や細かな行政的論点をひとまずおいて、改革を前に進めるか元に戻すのか、かつての大阪市政に戻していいのか、というシンプルなメッセージに的を絞ったのです。
とりわけ反維新感情の強い大阪市に対しては、都構想よりもそれによって実現する具体性のある提案に落とし込んだメッセージングが図られました。住民投票の敗因をきちんと分析できていたのでしょう。有権者に二択を迫るという意味では、住民投票もダブル選も同じですが、ダブル選ではもっと「分かりやすい二択」が迫られた。結局、大阪市長選挙の出口調査では、自民支持層の3割、無党派層の6割が当時はまだ知名度の低かった吉村氏に投票しました。
よく維新を完全なるポピュリズム政党と分析する人がいますが、それは誤った見方だと私は考えています。むしろ維新の求心力は、大義はあるが実現するかどうかは分からない、長期目標としての「都構想」という理想主義にあるからです。2015年の住民投票での敗北以来の大阪維新の動きは、こうした理想主義を「二重行政の廃止」という言葉に象徴させつつ、改革の果実を先に提供することで、「ポピュリズムにより配慮した理想主義」へと変化させていったことに尽きると思います。
他方、理想主義からくる対立手法や、改革原理主義的な発想に対する反発も生じていまう。以下で論じるように、維新政治に対する反対は、実は維新の体現する合理主義をめぐる賛否よりも、人間関係や政治手法としての維新に対する反発によって規定されているのです。
今年3月、大阪府と大阪市の住民を対象にインターネットによるパネルを実施、年代別の意識を探りました(注1) 。
注1)株式会社マクロミル社のパネルを利用し、N=1236(大阪市:618人、大阪府(除く大阪市):618人)大阪市及び大阪府(除く大阪市)のそれぞれについて20代、30代、40代、50代、60代、70代の各セグメントについて各100人以上を確保、2019年3月19日~2019年3月20日に実施。
最初にお断りしておかなければいけませんが、サンプル数こそ大阪府・市で1200以上を確保していますが、インターネットユーザーのパネル調査という制約があり、新聞社がおこなう通常の電話調査のような代表性は確保できてはいません。無作為抽出でもありません。ただ、多くの設問をしているうえ、通常の政治問題に関する世論調査よりもユニークな分析手法を取っているため、セグメントごとの分析や人々の本音をあぶり出す分析が可能になるという利点があります。
この意識調査の主な特徴は、過去の投票行動(都構想住民投票、2015年W選、2017年衆院選の比例代表)に従って、回答者を5つのセグメントに分けていることです。具体的には、
①対象にしたすべての投票で維新を支持している「維新岩盤支持」層
②衆院選(比例)以外では維新を支持している「おおさか維新支持」層
③選挙ごとに投票先が揺れ動いたり、棄権をしたりする「浮動票」層
④すべての投票で維新以外を支持した「岩盤反対」層
⑤該当するすべての投票で棄権、もしくは記憶がない「政治的無関心」層
の各セグメントです。
セグメントごとに分析した結果、おもしろい知見が得られました。地方政治で維新を支持し続けてきた層(①②)は男性が7割と圧倒的に多く、岩盤支持層(①)は60代以上の高齢者がボリュームゾーンでした。それも影響して世帯年収は低めで、収入増の見込みも少ないのです。景気上昇の実感は必ずしも高いわけではなく、しかしだからこそ大阪の地盤沈下を憂慮し、変化を求める気持ちが強いことが伺えます。一般的に保守性が強い傾向が見られますが、日本の社会的価値観がリベラル寄りに移行しつつあるので、女性、LGBT、外国人などの論点に関してはだいぶリベラルです。
浮動票(③)の特徴は、かつて民主党や社民党に投票してきたリベラル層が多数含まれていることです。その結果、浮動票は安全保障、経済、社会の各政策でリベラル寄りになっていますが、維新評価との相関を分析してみると、維新が取り込めるのは、安全保障リアリズムを持つ層や経済成長を重視する層に集中していることが分かります。
また、この層で維新支持との相関が高い要素としては、民営化に対する好感度も挙げられます。維新の対抗陣営がおこなう民営化に関するフィア・ポリティクスが、あまり効果を上げないだろうと思われるのは、そうした理由からです。浮動票に位置付けられる人びとはそこまで民営化を恐れておらず、むしろ期待を持つ人も多い。そして「民営化」を恐れる人は岩盤反対層(④)に集中しており、この層は反維新陣営がすでに票はすでに取り切っているからです。
維新の政策のうち、評価に確実に繋がっているのは、二重行政の解消であり、民営化、万博、IR(総合リゾート施設)の誘致です。IRに関してはまだ絶対評価の度合いが低いのですが、今後カジノ以外の総合リゾートの全容が明らかになっていくにしたがって、万博に近い支持を獲得していくことになるでしょう。
高校無償化や知事・市長などの報酬カットは、それをよしとする人々の人数(絶対評価)は多いのですが、具体的な投票行動には結びつきにくいという特徴もわかりました。人びとの感情に訴えるのはルサンチマンだということを維新は知っているからこそ、公務員の高すぎる待遇を批判し、自らも「身を切る改革」を実行しているわけですが、身を切る改革に対する評価は投票には直接結び付かないのです。
本稿では意識調査で行った分析の一部として、大阪維新の政策の方向性に関わる設問への維新岩盤支持、おおさか維新支持、浮動票の各層の評価をまとめたものを折れ線グラフで示してみました(グラフ1、2) 。賛成の上限値は2.0、反対の下限値は-2.0(注2)。
注2)設問では、それぞれのグラフに示されたような意見に対して、①そう思う、②まあそう思う、③あまりそう思わない、④そう思わない、⑤良く知らない/わからないという回答選択肢を選ばせている。折れ線グラフで示した評価点数は、①の割合(%)×2+②の割合(%)×1+③の割合(%)×(―1)+④の割合(%)×(-2)で算出した(⑤の選択肢は中立でゼロ点なので加えない)。
これをみると、
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