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皇位継承で日本はどこへ? 姜尚中氏と皇居を歩く

【1】ナショナリズム 日本とは何か/「世替わり」の日本 姜尚中氏との対話①

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

姜さんと小雨の皇居を歩く

拡大皇居を参観した姜尚中氏=3月7日、桔梗門前
 昨年末に文庫版が出た姜さんの著書「ナショナリズム」(講談社学術文庫)を私は読んでいた。序文にはこうある。

 「ナショナリズムが(中略)『生前退位』という思ってもみない『事件』を通じて、改めて日本の国、そして国民の重大な関心事として浮かび上がろうとしている」

 ど真ん中の場所で、姜さんと話したいと思った。皇居を一緒に歩きませんかとお願いし、快諾をいただいた。近代国家・日本の原点と言える場所だ。

 3月7日の木曜日午前、小雨。姜さんと東京駅の丸の内北口で待ち合わせ、皇居へ向かう。一般参観の人たちと桔梗門をくぐり、大きな待合室へ行く。日本人には年配の女性が多く、お土産コーナーが賑わう。ガイドの事前説明も観光名所のようにくだけた感じだ。

 「厳粛な場だけどハレがある。物見遊山のイメージですね」と姜さん。外国人も目立つ。あとで宮内庁に聞くと参加者252人の3割弱だった。昨年に始まった「英語ガイド」、「中国語ガイド」の各組が出た後、姜さんと私は「日本語ガイド」の組で出発した。

和風の宮殿に「シンプルですね」

 濠の向こうにそびえる丸の内のビル街を背にして少し歩くと、石垣や櫓といった江戸城の遺構が現れる。建築に熊本藩も協力したというガイドの説明に、姜さんの顔が緩む。そこを抜けると宮内庁の洋風建築が現れる。坂を上れば宮殿だ。

 「江戸城をうまく使っていますね。将軍の居城に天皇が京都から移った。幕藩体制を踏み台に近代国家ができたと知らしめている」

拡大皇居の宮内庁庁舎。今も変わらない=2008年
 和風の平たい宮殿が、姜さんには意外だった。「もっと仰々しいかと思っていたら、シンプルですね。パレスだけど装飾品がない」。空襲の飛び火で焼け、1968年に再建。天皇は新年と誕生日の一般参賀でガラス張りのベランダに出て、宮殿東側の「東庭」で日の丸を振る国民に応えてきた。

 「天皇は戦前は現人神(あらひとがみ)でした。戦後は国民に寄り添いつつ、権威を保つ。その距離感をどう作るか、大変だったでしょう」

 宮殿東庭の石畳に馬車の蹄の音が響く。この日はちょうど、ブラジルとナミビアから着任した二人の大使が天皇陛下に宮殿で信任状を奉呈する日だった。それぞれが皇室用の馬車に乗り、正門との間を行き来する様子を見られた。

拡大新年の一般参賀で手を振る天皇陛下と、皇后陛下(中央)=1月2日、皇居・宮殿東庭
 「外国の大使の接受」は、戦後の憲法で「日本国の象徴」ともされた天皇の国事行為の一つだ。「国家としての厳かさ」(姜さん)を担い、宮殿の奥で二人の大使から信任状を受け取る天皇陛下の姿を想像した。

 東庭から正門へ行く途中に二重橋があり、一般参観の一行はそれを渡ったところで折り返す。約1時間の参観が終わりに近づき、また江戸城の遺構のあたりにさしかかった。姜さんは「やはり江戸城をうまく使ってますね」と感じ入って、話し始めた。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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