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吉田松陰の姿、教育の場に今も

【6】ナショナリズム 日本とは何か/吉田松陰が遺したもの④

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

戦前の教育で別の重み

 松陰は戦前の教育では、別の意味で重い存在だった。天皇による支配を正統とする歴史に「国体」を見いだした松陰は、その死後に歩みを始めた近代国家・日本で、尊皇のシンボルとして偶像化されていった。

拡大1938年発行の国定教科書「尋常小学校修身書」=国立国会図書館所蔵

 中国大陸で日中が全面戦争に入った翌1938年に文部省が発行した、「尋常小学修身書」という教科書がある。その「第二十二 忠君愛国」は、尊皇論者としての松陰の生き様を、かんで含めるように説く。

 「松陰は士規七則というものを作りました。その中に、我が国は万世一系の天皇のお治めになる国であって、天皇は臣民を慈しみ、臣民は天皇に忠義を尽くしてきた。日本人と生まれたものは我が国体がかように尊いことを弁えるのが大切である、という趣旨が説いてあります」

 「士規七則」は、武士の七つの心得としてまず人としてのあり方を示し、二番目にこの「国体」がある。教科書は続けて、松陰が29歳で「尊皇愛国の運動が幕府の憚るところとなって死刑に処せられた」と述べ、遺書に記した句「身はたとひ武蔵野の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」を紹介し、こう結ぶ。

 「松陰が、国体を明らかにし、皇室を尊び、我が国を盛んにしようとした精神は弟子たちに受け継がれ、立派な人物が輩出して国のために尽くし、明治維新の大業に貢献したところが少なくありませんでした」

忠君愛国のシンボル

 誇張はない。だが、利用されていた。 ・・・ログインして読む
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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)

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