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異邦人カルロス・ゴーンの癒やされない孤独

「第二の故郷」の日本を追われ、フランスからも冷たい仕打ち。思うのはレバノンか……

山口 昌子 在フランス・ジャーナリスト

ベイルートを訪れるわけ

 ベイルートの空港には運転手のほかにガードマンも迎えに来ていた。ゴーンがベイルートの住居として使用する自宅を購入(これも日産の資金で購入したので、特別背任の根拠の一つ)したのは2012年だが、古い家屋を長年かけて改修して住居として使用するようになったのは昨年からだ。それまではベイルートの高級ホテルを転々とした。同じホテルに二度以上、続けて宿泊することは、治安上なかった。

 レバノンはゴーンがパリに出発した1971年ごろから内戦が激化。71年には日本赤軍が入国し、72年にイスラエルのロッド空港で乱射事件を起こした。82年にはイスラエルがレバノンに侵攻するなど戦火に明け暮れた。90年にやっと、「レバノン化」という言葉を生んだ15年に及ぶ長期内戦が終了したが、その後も、政治武装組織ヒズボラとイスラエルが交戦するなど、国土は荒れに荒れた。

 ゴーンがホテルを転々とし、ガードマンが空港に迎えに来たのは、テロの対象になっても不思議でない状況だからだ。ゴーンはすでに数回、脅迫の対象にもなった。レバノン政府はゴーンがやってくると、ガードマンを派遣した。それでも、ゴーンが忙しい時間をやりくりしベイルートを訪れるのは、気心の知れた幼なじみがおり、親族がいるからだ。

真っ先に電話をした弁護士ジャウド

diplomedia/shutterstock.com拡大diplomedia/shutterstock.com
 ただ、仕事の鬼のゴーンが、ベイルートに到着するや、携帯で真っ先に連絡し、翌日の会合を約束したのは、レバノン人の弁護士ジャウドだった。特捜部が躍起に立件しようとしているゴーンの“中東コネクション(オマーン・コネクション)”対策でも相談するつもりだったのだろうか。また、日本でも翌週から重要な案件が待ち構えていた。それは、フランスの各種メディアの報道によれば、ルノーによる日産の合併問題と成績の芳しくない西川社長の更迭問題だという。

 ゴーンが弁護士ジャウドと知り合ったのは、前妻リタとの複雑な離婚手続きのときだ。ゴーンはまだ、タイヤ大手ミシュランに勤務していた1985年、リタと結婚。ミシュランの本拠地、中仏クレモンフェランに近いリヨンのブリッジの会で知り合い、4人の子どもに恵まれた。

 ちなみにゴーンの2番目の妻キャロルはレバノン人。ニューヨーク在住でモード界で活躍中のエレガントな美女だ。彼女は前夫との間に3人の子供がいる。「レバノン人の特性はお祭り好き。キャロルはその典型だ」とは、夫婦を良く知るレバノンの友人たちの一致した評とか。ゴーンがヴェルサイユ宮殿で派手な結婚式を挙行したのは、このキャロルの希望だったといわれる。

退職後の生活に思いをはせ

 ゴーンはこの数年来、退職後の生活について、真剣に考えていたといわれる。2017年夏には、ルノー日産グループはフォルクスワーゲン・グループを抜いて自動車業界で世界1位になり、ゴーンは仕事上、思い残すことがなくなった。退職に備え、1年前に自分の後任として日産社長に腹心の西川を据え、10カ月前にはルノー副社長に将来の社長含みでティエリー・ボロレを指名した(ゴーン逮捕後の2019年1月に社長就任)。

 ベイルート郊外にはブドウ畑も購入した。これはポケット・マネーで、数千万ユーロを投資したとし言われる。「自分の生涯の仕事でワイン作りは最も困難なものになりそうだ」と、周囲には冗談まじりに話していた。50年間、働き詰めに働いてきた“フェニキア商人”が永住の地として選んだのが、地中海の陽光に輝くレバノンだったことは容易に想像がつく。

 ゴーンの自宅でのジャウドとの昼食兼打ち合わせには、実業家ムハンマト・シュカイル(2019年1月31日の組閣で通信相に就任)と多角産業グループ・マリアの会長ジャック・サラフが同席した。彼らの目的はゴーンを説得して、レバノンのインフラ大工事に出費させることだったといわれる。工費は数10億㌦だ。日産やルノーの資金を当てにしていたのだろうか。

 中東地域一帯に広がるグループ・マリアはオマーンとも関係が深いといわれる。4人の間で密談が成立したのだろうか。退職後の生活拠点をベイルートに移そうとしていたゴーンにとって、インフラ整備は「故郷に錦を飾る」絶好の土産だったかもしれない。

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在フランス・ジャーナリスト

産経新聞パリ支局長を1990年から2011年までつとめる。著書に『ドゴールのいるフランス』(河出書房新社)、『フランス人の不思議な頭の中』(KADOKAWA)、『原発大国フランスからの警告』(ワニブックスPLUS新書)、『フランス流テロとの戦い方』(ワニブックスPLUS新書)、『ココ・シャネルの真実』(講談社+α新書)、『パリの福澤諭吉』(中央公論新社)など。ボーン・上田記念国際記者賞、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受賞。

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