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異文化の各国弁護団がゴーン事件で持つ同じ目的

再逮捕はゴーン・前日産会長の無罪獲得に影響するか

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

公開された動画上で語る日産自動車のカルロス・ゴーン前会長。「自分は無罪だ」と主張した。公開された動画上で語る日産自動車のカルロス・ゴーン前会長。「自分は無罪だ」と主張した。

1カ月弱で拘置所に戻ったゴーン前会長

 4月4日、ゴーン前日産会長は再逮捕された。4回目の逮捕だ。8日には臨時株主総会で日産の取締役を解任された。これに対して、弁護団は9日に前会長のビデオ・メッセージの上映を含む記者会見を行い、10日には勾留決定に対する特別抗告を最高裁に行った。しかし、特別抗告は13日に棄却された。前会長は、3月6日に保釈されてから僅か1カ月弱で再び拘置所生活に戻らされたのである。

 ゴーン事件に関しては、2月18日に「異文化マネージメントから考えるゴーン事件(上)」、および「異文化マネージメントから読み解くゴーン事件(下)」で、単なる日本国内の刑事司法の話ではなく、グローバル化する日本企業が直面している問題として取り上げた。今回は、その後の進展と、何が起こり始めているのか、について見ていきたい。

「スケープゴート理論」への挑戦

 ゴーン前会長については、検察による過去3回の逮捕のたびに強欲な犯罪者というイメージが強くなってきていたが、今回は日産の資金を家族の会社に還流させたとして不道徳な印象も加わった。この検察の捜査に、日産が司法取引で提供した社内調査結果などが貢献していることは間違いない。

 約5か月にわたるこのような展開について、前会長はビデオの中で日産内部の陰謀だとしているが、それを事実と仮定するならば、ゴーン事件には「良い者の役を演じる日産とその情報を参考に動く検察 vs. 悪い者にされたゴーン」という図式の「スケープゴート理論」が当て嵌まる。

 スケープゴート理論とは、問題の所在が相手にあるとすることで、自分を正当化するというものだ。この理論に当てはめれば、検察による自白を求めるための前会長の長期勾留と取調べも、良い者の役を演じる側による創作ということが可能になる。

 このため、前会長とその弁護団は、公判での無罪獲得のために、この理論の図式が固まっていくことを阻止して、悪いのは相手(日産・検察)であってゴーン前会長こそが被害者であるということの証明を急ぐ必要がある。

記者会見を行う弘中惇一郎弁護士(左から2人目)ら=2019年4月9日、東京都千代田区丸の内記者会見を行う弘中惇一郎弁護士(左から2人目)ら=2019年4月9日、東京都千代田区丸の内
 この目的達成に向けて、日仏米三か国の弁護団は(具体的に密な情報交換をしているかどうかは未知数であるものの)、そろって検察が指摘する容疑内容に関して事実を争うような行動には出ないようにしている一方、長期間の勾留を含めたゴーン前会長に対する非人道的な対応を止めるための批判を続けてきている。

 こうしたなか、4月9日のビデオ上映後に記者会見を行った弘中惇一郎弁護士は、「捜査中は捜査官の立場が強いので、被告人は我慢して耐え忍ぶしかないものの、公判が始まれば反撃に出る」と述べ、公判までは事件そのものには触れないと断言した。これまでの弁護団の行為を再確認した形だ。

 この理由として、「検察や日産が事実を公開していない以上、リークされている情報に対して憶測で話すのはおかしい」と述べたが、そこには刑事事件としての無罪を争うための思惑もあった。

有罪を認めて司法取引をした日産

 日本の刑事訴訟の専門家によれば、ゴーン前会長を有罪とするためには、①金融商品取引法違反には虚偽記載を行う意思があったか②商法違反の特別背任には日産から取引先に送金した段階で経営判断原則に照らして任務違背となるような意思があったか――がカギだという。とはいえ、どちらの立証も難しいとの見方もある。

 またそれぞれを、刑事犯とするほどの金額規模か(金商法違反)、販売奨励金としての有用性やその対価の相当性から逸脱した金額規模かを立証することについても、議論は割れているようだ。

 しかし、日産が、自分達は前会長と同様に法人として有罪だと認めたうえで、社内調査結果等を検察に提出していることを前提とすれば、今後も検察がどのような容疑で逮捕してくるか未知数である。このため、弁護団としては公判が始まるまで、事実関係について自分たちの持つ情報を発信することは、決して利口な行動とは言えない。

 この間、弁護団として公判まで検察と事実認識を争わないとの判断は、前会長の公判と、同じ罪で法人として起訴されている日産などとの公判を分離して、担当する裁判官の構成も変えるよう求めた、3月31日の弘中弁護士自身による主張にも符合する。

 同じ事件の異なる被疑者が、片方は司法取引で罪を認めて全ての証拠を提出しているにもかかわらず、両方を併合した公判を受けた場合、残りの一方も有罪となる確率が高くなる。また、分離された公判でも、同じ裁判官に裁かれた場合には、片方が有罪を認めているのに他方を無罪と出来るか、という疑問が残る。

 しかし、この要求が実現したとしても、公判前に事実を表に出すことは決して有利ではないので、今後も出さない方が良いのは当然のことだ。

欧米メディアが長期勾留は人権侵害と主張する背景

東京拘置所に入るカルロス・ゴーン前会長を乗せたとみられる車両=2019年4月4日、東京都葛飾区東京拘置所に入るカルロス・ゴーン前会長を乗せたとみられる車両=2019年4月4日、東京都葛飾区
 一方、欧米のメディアが日本の司法制度に基づく長期の勾留等を人権侵害と主張し続ける背景には、欧米諸国と日本の司法制度の違いがある。

 特に、米国では裁判官に対して無罪と答弁した被疑者は保釈されるのが基本である。1990年から2004年までの統計では、(1年の禁固・懲役以上の)重罪犯被疑者のうち62%が保釈され、残りのうち保釈金を用意できず保釈されなかった者を除く、最初から保釈が認められなかったのはわずか7%なのである。なお、90年頃を境に勾留された被疑者が無罪判決を受ける例が増加、2007年以降はその比率が6割を超えていたこともあり、米国では保釈金額引下げを検討する動きが進んでいる。

 これは日本と真逆のルールであるが、米国では、推定無罪の原則の下、有罪判決を受けるまでの被疑者を勾留しないことで、社会の信用、職業、財産、家族を失うリスクから守ることを目的としている。証拠隠滅の恐れについては、証拠の保全を政府の責任として、それが妨害された場合は別の犯罪として対応する仕組みだ。なお、保釈金が逃亡を防ぐ効果についても問題視する声が強まっており、カリフォルニア州では昨年保釈金ゼロの法案が通過した(今年10月より施行)。

 こうした考え方は、世界人権宣言等にも取り入れられているなど、少なくとも欧州諸国では一般化しており、これが、ゴーン前会長への日本の検察の対応への批判に繋(つな)がっている。

最大のリスクはゴーン前会長の自白

 弁護団にとって長期勾留の最大のリスクは、ゴーン前会長が検察の厳しい取調べに疲れて、(真実とは無関係に)自白することである(もちろん、弁護団は無罪を信じているわけで、前会長の故意が本当にあったのだとすれば、仕方がないのだが……)。

 日産が、司法取引をして、有罪を認めて社内調査資料の提出等を行っている以上、前会長がこれを認めることは有罪が確定してしまうようなものである。また、日産側からの証拠だけでは不十分な場合に、それを前会長の自白が埋め合わせて有罪の可能性を一段と高めるリスクもある。

 このため、弁護団は、人権問題という世界的な目だけでなく、こうした公判における不利な状況の発生を防止するためにも、これ以上の長期勾留を阻止したいのだ。

フランス、米国の弁護団の動き

 こうした状況下、フランスの弁護士は、国連人権理事会の下にある“恣意的拘禁に関する国連作業部会”に、ゴーン前会長に対する検察の扱いを訴えた。彼らは記者のインタビューに対し、検察の対応は日本の憲法にもそっていないと語っている。このような動きは、日本の弁護団が前会長の自宅の入口への監視カメラの設置など、様々な条件をつけつつ保釈を求めている最中に行われた。

 フランス弁護団によれば、国連の作業部会が結論を出すのは半年先とのことなので、現段階で公判が開始されると言われている時期には、日本の司法制度に対する評価が出てくる可能性がある。

 一方、ゴーン前会長は、米国で、刑事訴訟ではトップを争うポール・ワイス・リフキンド・ウォートン・ギャリソン法律事務所と契約した。彼らが動いた結果かどうかはわからないものの、米国のフォックス・ニュースは、3月30日と四回目の逮捕当日(4月4日)の正にその逮捕直前の二回、ゴーン前会長にインタビューした。また、これを放映した夕方(米国東部時間の同日朝)のニュースには、共和党のストラテジストや、ウォールストリート・ジャーナルの記者も出演していた。

ゴーン前会長の妻キャロルさん= 2019年3月6日ゴーン前会長の妻キャロルさん= 2019年3月6日
 このインタビューを行ったキャスターは、2回目は早朝であったにも拘わらず、開始直後に検察がゴーン氏宅に入って前会長を逮捕し、キャロル夫人の携帯と(レバノンの)パスポートを押収したうえ、夫人がシャワーを浴びている間も女性の検察官がそこにいたことなどを、強い批判とともに語った。

 しかし、彼女は、3月30日のインタビューではゴーン前会長が自分の無罪を説明したと述べたものの、(事情を聴いた雰囲気ではあったが)日産にCFOはいないのか等の批判を除いては、話の具体的な事実内容については踏み込まなかった。

 ちなみに、キャロル夫人は前会長の保釈前に、ニュークに本拠を置くHuman Rights Watch という人権擁護団体に夫の窮状を訴えているが、この背景には米国の弁護士の助言があったと考えられる。

弘中弁護士の記者会見の意義

 弘中弁護士は、弁護団に入ってから現在までに3回の記者会見を行っている。これは検察の行動など、記者会見を開く切掛けとなった内容を、刑事訴訟専門の弁護士が法に照らしてみるとどうか、という説明を行うものだ。ユーチューブにアップされているので、誰もが将来において記録として使うことが出来る。

 さらに、日本の司法制度に慣れていない海外メディアの外国特派員にとっては、日本からの情報発信のための重要な知識の獲得に繋がっている。内外の世論を味方につけて、将来の公判に備える効果を発揮しているともいえるだろう。

 4月9日の記者会見でも、①前会長に黙秘を助言したこと②証拠隠滅も逃亡も可能性がないなかでの、保釈中の再逮捕という不自然さへの批判③保釈の前提が証拠隠滅の恐れがないことなのに、再逮捕時に新たに別の書類等を証拠として押収したことへの批判④保釈条件の自宅入口に設置した監視カメラを検察が押収したことで保釈条件が満たされなくなったことの報告――などを語った。

 また、米国では常識である“弁護士依頼者間の秘匿特権”(両者の会話等について検察等に言う義務を免れる権利で、これを犯す等の違法な証拠取得があった場合には無効審理となる)があるかどうかという質問に対しては、日本の司法制度ではそのようなルールはないと答えた。そのうえで、実際に押収された資料の中には前会長の海外弁護士とのやりとりも含まれていたので、連名で抗議を行ったと説明した。

長期の公判に備えたビデオ・メッセージ

 ゴーン前会長のビデオ・メッセージは、今回の逮捕を日産内部の陰謀だと断定し、彼は強欲でも独裁者でもなく、指導者だと説明した。そして、経営状況が芳しくなく将来のビジョンもない日産には今後、何が必要かを話した。

動画上のカルロス・ゴーン前会長 動画上のカルロス・ゴーン前会長
 前会長のやつれた表情、仕事から遠ざかってきたことを物語るノーネクタイの服装は、長期勾留の厳しさを物語った。一方、腕をテーブルに置いてやや前屈みの静止した態度でビデオに向かい、強い口調で語る態度からは、公判で無罪を勝ち取った後は、日産に対するリベンジを考えている、とでも言いたげな強い意志の表れを感じさせた。取締役会への出席を拒否されたことへの怒りもあったのだろう。

 これに対し日本では、逮捕容疑に対する具体的な証拠に基づいた反論がない、陰謀と言うだけで何をしたかったのかわからないなど、全体としてネガティブな受け止め方が多かった。フランスでも、ルノーのスナール新会長の年間報酬がゴーン前会長の半分以下であることを示すなど、前会長の富裕層としての立場を示しつつ、全体としてドライな受け止め方をしていた。

 これに対して米国のメディアは、まず、ゴーン前会長の日産の経営に対する意見が正しいと主張した(ブルームバーグ)。また、泣き顔のような場面を掲載して、フランス政府からも見捨てられたかのような報道をしたほか(ブライトバード・ニュース<同社のオーナーはトランプ政権のバノン元主席戦略官兼上級顧問である>)、米国では常識である「弁護士と依頼者間の秘匿特権」が日本にはないことへの疑問(ウォールストリート・ジャーナル)や、ゴーン前会長が慢性的に患っている腎臓が長期間の勾留で悪化していることも報道するなど(同)、総じて彼を擁護する内容だったと思われる。

 このように、ビデオ・メッセージへの評価は3カ国で異なるが、次にゴーン前会長が保釈されるのがいつかわからないなか、現時点で、日産への批判だけでなく同社の将来を案じているという記録が残せたことの意味は(会社の私物化という容疑を考えると)大きい。なにより、彼はビデオ撮影時の段階で明確に無罪を主張しているのだ。

 くわえて、仮に再保釈されて記者会見をすることになった場合に、最初の保釈時に撮影したものとして、将来のものとの比較を可能にする役割を果たすことも出来る。前会長の健康面に関しても、仮に前会長がこのビデオと比べてやつれた雰囲気になっているとしたら、そこには拘置所の扱いの問題があったという主張の裏付けにもなる。

 ゴーン事件は長期化が必至と言われるが、このビデオの存在が、弘中弁護士の記者会見の記録とともに、将来の公判に備えたものになることは間違いない。