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国家戦略局が沈み、小沢一郎幹事長が浮かんだ

(7)予算か外交か、はたまた二重権力か。国家戦略局、合成の誤謬に沈む

佐藤章 ジャーナリスト、慶應義塾大学非常勤講師、五月書房新社編集委員会委員長

鳩山は国家戦略局に「外交」を期待した

 「国家戦略局」。その強いネーミングは、国政を担う国会議員の間に様々な思いを抱かせる。抱くイメージは、その議員が「国家」という概念に孕ませる定義の数だけあるかもしれない。

 まず首相の鳩山由紀夫、それから国家戦略局構想を練った松井孝治のイメージ、考えを比較してみよう。松井はもちろん、国家予算の大所の編成機能を国民・政治の側に取り戻すことを第一に考えていた。しかし、松井に構想を練ることを命じた鳩山はもう少し別のところに重心を置いて考えていた。

 「私は仕組みよりも、何を目的とするかというところを強調したかった。何でも官僚に任せてきたものから、この国家戦略局で政策の大きな柱をきちっと作り上げていこうと思いました。そこには当然、外交戦略がトップクラスに入ってくるということを想像して、またそうなるべきだと考えました。外交の大きな戦略こそここで開くのだと思っていました。国内の予算の話だけだったらまったく意味がないとは言いませんが、本当の意味でこの国のあるべき姿を作ることはできない、と考えていました」

 鳩山のこの回想は考えようによっては深刻だ。松井自身も外交問題が国家戦略局に入ってくることは予想していたが、あくまで重心は予算・財政にあった。構想作成を命じた側と命じられた側が異なるところに重心を置いていたという事態は明らかに調整不足を露呈していると言える。鳩山自身、調整が不足していたことは率直に認めている。3か月余り前に代表になったばかりで時間が足りなかったことは事実だが、関係幹部は徹夜を続けてでも徹底的に話し合っておくべきだったろう。

 鳩山が国家戦略局に外交問題を入れ込む考えを持っていたために、今度は外相に就いた岡田克也とぶつかった。岡田は外交はあくまで外務省に一元化してほしいと要望した。

拡大鳩山由紀夫首相とケビン・ラッド豪首相を迎える岡田克也外相=2009年12月15日、首相官邸

国家戦略局のイメージがずれる

 そして、国家戦略局をめぐる最も深刻な断層は、構想を練った松井と、担当大臣となった菅の間に走っていた。その違いを一言で言えば、松井の描いていた構想では国家戦略局は国家予算編成の司令塔、菅が考えていたイメージでは国家予算を編成する際のブレーン、アドバイザー役といったところだった。

 この問題で私と会見した菅は、現在とは異なる政治情勢の時だったが野党間の協力関係に気を遣い、「取材を受けたわけではない」と断りながら言葉少なに話した。

 「国家戦略局長と党の政調会長が兼務で閣内に入っていく。そして党の政調会が引っ張って政策を決めていく。そう決まっていたのだが、実際は政調会をなくされてしまった。だから、私は整合性も考慮して、ポリシー・ユニットということを考えました。国家戦略局で予算を考えようなんて簡単にできるわけがないんです」

 「ポリシー・ユニット」というのは、 ・・・ログインして読む
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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト、慶應義塾大学非常勤講師、五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

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