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「戦後最大の危機」だった(?)『噂の真相』があったころ

3月30日(土) 「報道特集」のオンエア。社会部との共同取材、東京福祉大学の留学生(研究生)の1400人にのぼる所在不明をめぐって。後半は日下部正樹キャスターの深圳リポート。この中国リポートは見ごたえがあった。ドローンなどのハイテク開発、特にあらゆる生物のDNAを保有して「現代のノアの箱舟」と自称するDNAバンクの最先端をみると、正直とても怖いものを感じた。これは行くところまでいくだろうな、と。それと対照的な、深圳に集まってくる出稼ぎ労働者のたこ部屋状態。2つの特集に通底する労働力不足とすさまじい格差。急激な経済発展がすさまじい格差を生む。そしてその格差が、より這い上がりたいという欲望を再生産して、労働力の巨大市場ができる。こんな状況で中国は、共産党という党名や社会主義建設というスローガンを一体いつまで主張し続けられるのだろうか。

 オンエア後、市谷で開かれている『噂の真相』編集長・岡留安則を賑やかに送る会に。花冷えに加えて雨が降り出すなか、500人近い人々が参集していた。人畜無害な「優等生」とは無縁のジャーナリストたちが大勢来ている。多くの知己が訪れていて、それぞれに挨拶を交わす。みると、今をときめく弘中惇一郎弁護士がいた。岡留さんの弁護士をやっていた時期があったとのこと。青木理が司会をしていた。

 目を引いたのは、『噂の真相』が廃刊した当時に、TBS『筑紫哲也 NEWS23』が特集をつくっていて、ゴールデン街の「ひしょう」で筑紫・岡留対談を挙行し、メディア状況を言いたい放題に語りあっていたVTRが会場で流れたこと。『噂の真相』編集部が襲撃された時の映像も紹介しながら、メディアが「戦後最大の危機にある」と岡留さんが語っていた。当時は個人情報保護法が通った時期でもあった。「戦後最大の危機」。何の、何の。こんな特集企画がちゃんとデイリーのニュース番組の特集として通り、オンエアされていた時代は何とよかったことか。その後、僕らの国は安保法制や、特定秘密保護法、「共謀罪」などをどんどん通していった。

 参加者たちは個性派ぞろいなので、話を始めると止まらなくなる。ある人と話をしていたら、岡留さんは法政大学の黒ヘルグループにいたとか何とかの話からどんどん広がっていって、久しぶりに「山口建二」の名前を聞いた。本当に謎の人物だった。僕はかつて新大久保の喫茶店でその「山口建二」氏にインタビューした経験があるけれど、生きているうちに会って話が聞けてよかった。戦後史の謎の部分。彼は林彪事件に日本人として連座し、伊藤律と同じ北京の牢獄に収監されていた。雨足が強くなって、会場で久しぶりに会ったIさんと別場所に。そこでMさんも合流。元気な人たちだ。

3月31日(日) きのうよりは幾分あたたかくなったが、まだひんやりとする。新宿に出て紀伊国屋書店で本を漁る。『現代思想』の移民特集などを購入。15時から松元ヒロさんのステージ『ひとり立ち』。今や紀伊国屋ホールはヒロさんのホームグラウンドという感じだ。久米宏さんが言ったそうだが、新しい元号は「西暦」がいいとか。

 その後、赤坂の某所の公園で港合同法律事務所の恒例のお花見。屋外なのでまだ寒い。安田弁護士は所用で不在だった。知った顔多数。というか、どこに行っても同じ顔触れが多いというのは、自分の行動パターンとしてはちょっとヤバいんじゃないのか、と自省する。そこそこにお酒を飲む。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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