左遷?想定外の南スーダン赴任。野球はできるか
野球人、アフリカをゆく(1)荷物の中から、あきらめて置いてきたはずのものが……
友成晋也 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

飛行機から見た南スーダンの首都・ジュバの風景。アフリカの内陸国の乾燥地帯のわりに緑が多く、のどかな街並みに見えるが、独立以来8年間で二度、大規模な衝突が発生している
【連載】 野球人、アフリカをゆく
野球とアフリカの話を始めよう
父とのキャッチボールが、野球を始めたきっかけだった。
普段はしかめっ面をして息子に厳しい父が、浴衣姿でキャッチャーミットを持って座り、さあ、こいっ!と構える。キャッチボールの時だけに見せる柔和な笑顔。子供の頃はこの時間が宝物に思えた。
10歳の時、小学校の野球チームに入り、毎日夢中になって白球を追う日々が始まった。以来、中学、高校、大学と野球部に入り、野球漬けの日々を送った。社会人になってすぐ、父を病気で亡くしたことがきっかけで、今、やりたいことをやろうと、真剣に草野球にのめり込んだ。
社会人5年目の春、JICAに転職した。初めての海外勤務が、西アフリカのガーナ。ここで思いがけず野球チームと出会い、オリンピックに挑戦するナショナルチームの監督となった。これをきっかけに、仕事の傍ら「NPO法人アフリカ野球友の会」を立ち上げ、アフリカの国々と野球を通じた交流を始めた。2度目の海外勤務となったタンザニア在勤時代にも、野球の魅力を伝える活動に励んだ。
そして今、私は南スーダンにいる。
2011年に独立したばかりのこの国については、内戦とPKO、難民、といったネガティブワードが思い浮かぶ。最近発表された2018年度世界幸福度ランキングでは、堂々の世界ワースト第1位だ。
さすがにこの国では、まさか野球なんてできないだろう。
赴任した時は、そう覚悟した。
しかし、そのまさかが起ころうとしている。
南スーダンの実情はなかなか日本には伝わらない。私は、この国の等身大の姿を、いち野球人の視点でドキュメンタリーのように伝えていきたい。
野球はアフリカに何をもたらしているのか。どんな意義があるのか。
足掛け24年に及ぶアフリカとの野球を通じた交流、協力の経験を交えながら、論じていきたい。